このブログは、ナラティブ研究会が運営しています。
医療の現場で生じる「語り」「違和感」「問い」を、ナラティブ(語り)や人文社会科学の視点から丁寧に考えていくことを目的としています。
記事は、主に以下の6つのカテゴリーに分かれています。
関心のあるテーマから、自由に読み進めていただければ幸いです。
ナラティブ・語り
本ブログの中心にあるのが、ナラティブ/語りのカテゴリーです。
医療は、疾患や異常値を見つけ出し、客観的に判断していく領域です。
一方で、病いを抱えた患者にとってのつらさや苦悩は、多様であり、きわめて主観的な体験として存在しています。
その主観的な体験を、医療者が理解しようと寄り添うことで、医療者と患者のあいだに信頼関係が生まれます。
このカテゴリーでは、ナラティブを理論として語るだけでなく、実際の臨床で出会った語りや経験を通して文章を綴っています。
答えを急がず、わかりやすく整理しすぎないことを大切にしています。
語りがもつ曖昧さや多義性を、そのまま引き受けながら医療と向き合うための文章を集めています。
内省・関わり
医療の現場では、患者との関わりの中で、戸惑いや違和感、理解できない感情が生じることがあります。
それらは、単なる技術や知識の不足だけでは説明できず、医療者自身の心理や立ち位置と深く結びついています。
このカテゴリーでは、医療者の内省に焦点を当て、臨床での経験を手がかりに、心理やコミュニケーションについて考えていきます。
さまざまな患者との事例を通して、医療者自身が自己を客観的に捉え、関わり方を見つめ直します。
正しい対応や理想的なコミュニケーションを提示することが目的ではありません。
臨床の曖昧さを抱えながら、医療者としての「構え」を考えていくカテゴリーです。
文化・医療人類学
ナラティブ研究会は、発足以前から文化人類学の専門家とともに、医療の現場について議論を重ねてきました。
目の前にいる人を「患者」と見なした瞬間、生活者としての「あたりまえ」は脇に置かれ、医療のモードへと切り替わります。
その結果、医療者の視点や常識にもとづいて解釈や判断が行われ、医療者と患者の「あたりまえ」がすれ違うことがあります。
こうしたすれ違いは、ときに文化摩擦として現れます。
このように考えると、医療者と患者のやりとりは、一種の異文化間コミュニケーションとして捉えることができます。
このカテゴリーでは、文化人類学・医療人類学・社会学の視点を医学に取り入れながら、医療者がより生活者中心のケアの担い手となるために、どのような視点や態度が必要なのかを考えていきます。
読書メモ
このカテゴリーでは、医療やナラティブ、ケアを考えるうえで手がかりとなる書籍や理論を紹介しています。
単なる要約や書評ではなく、実際の臨床や研究と照らし合わせながら、筆者が感じた率直な感想を大切にしています。
取り上げるのは医学書に限りません。
医療人類学、社会学、心理学、哲学、文学など、医療を相対化し、視野を広げてくれる書籍や理論も含まれます。
臨床の中で生じた「もやもや」や「問い」を、多方面から見つめ直すためのカテゴリーです。
研究会の記録
本ブログは、ナラティブ研究会が運営しています。
研究会には、理学療法士、作業療法士、看護師、医療人類学者など、異なる専門性をもつメンバーが参加しています。
月に一度を目安に研究会を開催し、臨床や研究の現場で生じた「事例」や「問い」をもとに、対話と議論を重ねています。
このカテゴリーでは、研究会での活動記録やお知らせを掲載します。
毎回の議論の内容や、そこで交わされた視点を、できるだけわかりやすく、端的にまとめています。
質的研究
このカテゴリーでは、医療の現場で生じる経験や語りを、
研究という枠組みを通して、どのように扱いうるのかを考えます。
質的研究は、数を集めて一般化するための手法ではありません。
一つひとつの事例、出来事、語りに向き合いながら、
そこに含まれる意味や構造を、言葉として検討していく営みです。
臨床の現場では、
説明しきれない違和感、判断に迷った場面、感情を伴う経験が日々生まれます。
このカテゴリーでは、そうした経験を
「個人的な感想」で終わらせず、
かといって、無理に理論へ押し込めることもせず、
研究として扱うとはどういうことかを問い続けます。
取り上げるのは、
インタビュー研究、事例研究、エスノグラフィ、
ナラティブ研究や医療人類学と重なり合う方法論などです。
完成された研究成果だけでなく、
研究の途中で生じる迷いや判断、
書きながら揺れた点や、言葉を選び直した過程も含めて共有します。
このカテゴリーは、
質的研究を「特別な研究者のもの」にせず、
臨床に関わる医療者が、
自分の経験をどのように研究へと接続できるのかを考える場所です。
