ナラティブ研究会

読書メモ

研究に必要な「運・鈍・根」——ネガティブ・ケイパビリティと研究

帚木蓬生が紹介する、研究に必要な「運・鈍・根」。それはネガティブ・ケイパビリティの別の表現でもあります。「綺麗な結果が出ないといけない」と思い込んでいた自分について書いた読書メモです。
質的研究

質的研究のリサーチクエスチョンをどう立てるか——「どうしたらいいか」の前に

質的研究のリサーチクエスチョンは「どうしたらいいか」ではなく「どうなっているか」から立てます。大谷尚・今福輪太郎の論考をもとに、記述的理論の重要性とFINERクライテリアを、図解つきで解説します。
質的研究

新たな視点を提示する質的研究とは——サンプル数では測れない価値

質的研究には「傾向を提示するタイプ」と「新たな視点を提示するタイプ」の2つがあります。磯野真穂の論考をもとに、後者の価値——サンプル数や妥当性では測れないもの——について解説します。
ナラティブ・語り

患者さんとセラピストの揺らぎ——ナラティブから考える

学会で患者さんの揺らぎが議論されるようになりました。でも、その揺らぎを間近で見ているセラピストもまた揺らいでいます。医療者の揺らぎを自覚し、打ち明けられる場について考えます。
文化・医療人類学

生活者が病人になるとき、何が起きているのか——無意識に進む社会的な移行

パーソンズの「病人役割」を知ったとき、患者さんの戸惑いや「問題行動」が少し理解できた気がしました。生活者から病人への移行は、暗黙のうちに進みます。セラピストが知っておきたい社会的文脈について考えます。
研究会の記録

入院するということ、それ自体が不安である——当事者である理学療法士の語りから

病いの当事者でもある理学療法士の方に、ご自身の経験を語っていただいた研究会の記録です。症状の重さとは関係なく、入院という体験そのものが不安と孤独を伴うこと。声かけひとつが持つ意味について考えました。
文化・医療人類学

患者さんの「こうすれば良くなる」を、否定しないこと——保健信念という考え方

「こうすれば健康になれる」という患者さん自身の考えを、保健信念といいます。文化や信仰と結びついたその信念を頭ごなしに否定すると、信頼関係は築けません。専門職どうしの意見の食い違いから考えます。
内省・関わり

「そばにいることしかできない」と感じるとき——時間と、第三者としての医療者

患者さんの望む結果にならないと知りながら関わる時間。「そばにいることしかできない」と感じるとき、その関わりを過小評価していないでしょうか。時間が解決するものと、第三者だからこそ聴けるナラティブについて考えます。
読書メモ

専門家であることを、いったん脇に置く——キーツの「個性を持たない」力と医療者

「真の才能は個性を持たないで存在する」——キーツのこの言葉は、専門職アイデンティティの確立を求められる医療者に、逆向きの視点を投げかけます。専門家であるがゆえに揺らぐ「生活者としてのまなざし」について考えた読書メモです。
読書メモ

「耐える」の先に、共感がある——帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ』を読む

答えの出ない事態に耐える力、ネガティブ・ケイパビリティ。帚木蓬生は、この能力を単なる我慢ではなく「対象の本質に迫り、共感に至る手立て」だと述べています。わからなさに持ちこたえることと共感の関係を考えます。