『病みの軌跡』とは?

内省・関わり
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こんにちは。

今回のテーマは:

「病みの軌跡とは?」


です。

結論から言いますと、

社会学者のA.ストラウスと看護師であるJ.コービンらは、
慢性疾患について、時間の経過につれて悪化したり回復したり、
多様に変化していく生理学的な病状の行路(「疾患コース」course of illness)だけでなく、
患者と家族、および保健医療従事者がその行路を管理・方向づけるために、
さまざまな仕事(「ワーク」work)を行っていると述べました。

「病みの軌跡」(illness trajectory)は、こうした疾患の行路と、
それをめぐって営まれた仕事を含めた、時間的プロセス全体を指す概念
です。
※なお、参考文献のまま、illnessを疾患と訳しております。過去の投稿に『”疾患”と”病い”』の違いについてはまとめております。ぜひ、ご覧ください。

看護ケアにも広く応用されている、大切な概念ですので、ぜひ最後までお読みください。

『軌跡』は直線的ではない

『病みの軌跡』は、段階的なイメージを持っている方もおられるかと思います。

軌跡の局面(phase)と定義

局面定義
前軌跡期(pretrajectory)病みの行路が始まる前、予防的段階、兆候や症候が見られない状況
軌跡発現期(trajectory onset)兆候や症状が見られる。診断の期間が含まれる
クライシス期(crisis)生命が脅かされる状況
急性期(acute)病気や合併症の活動期。その管理のために入院が必要となる状況
安定期(stable)病みの行路と症状が養生法によってコントロールされている状況
不安定期(unstable)病みの行路や症状が養生法によってコントロールされていない状況
下降期(downward)身体的状況や心理的状況は進行性に悪化し、障害や症状の増大によって特徴づけられる状況
立ち直り期(comeback)障害や病気の制限の範囲内での受け止められる生活のあり様に徐々に戻る状況。身体面の回復、リハビリテーションによる機能障害の軽減、心理的側面での折り合い、毎日の生活活動を調整しながら生活史を再び築くことなどが含まれる。
臨死期(dying)数週間、数日、数時間で死に至る状況
Woog,P.ed.黒江ゆり子、市橋恵子、宝田穂訳:慢性疾患の病みの軌跡-コービンとストラウスによる看護モデル、p.13、医学書院、1995
https://www.kango-roo.com/learning/9619/

しかし、『病みの軌跡』を定義したストラウスとコービンは、局面として定義したのであって、病みは整然と進行するものではないことを強調していました。

実際に、私がストラウスとコービンの著書『慢性疾患を生きるーケアとクオリティ・ライフの接点』を読んだ限り、このような局面を明確には記載しておりませんでした。

「仕事(work)」という視点が何を変えたのか

病みの軌跡理論の核心部分は、

軌跡の仕事(trajectory work)

であると思います。

病むことは、疾患の生理学的展開だけではなく、疾患コース全般にわたって生活や社会活動からの変換を求められます。つまり、病みの軌跡は管理が必要になってきます。

その管理をすることを、”病みの軌跡の仕事”と定義しており、患者自らであったり、家族、友人、医療者、その他の支援者が仕事を行います。

その際、病みの軌跡は生理学的展開のみを考えても、改善や悪化などの予測不能な経過をたどる可能性があり、生活や社会活動においては、もっと多種多様です。

そういった、不明確な病みの軌跡を”方向づけ(shaping)”するという役割が仕事には含まれています。

病みの軌跡は「個人の中」だけでは完結しない

病みの軌跡の管理のために医療者は仕事の役割を担うことが必要であり、
各局面それぞれでの支援や介助が必要になります。

軌跡の管理は、病状の変化や治療技術の発達、社会政策の変化、
患者の生活史上のニーズや関心の移り変わりなどにより発展し、
患者と家族は医療者からサポートを得ながら軌跡を管理していきます。

仕事の役割を担うことは、
その後の”方向づけ(病気との接し方や生活の再編成)”をすること
につながっているのです。

あたりまえなことに聞こえるかもしれませんが、実はとても複雑です。

臨床でこの概念は何を問いかけるのか

目の前の患者さんの軌跡を平均的・標準的な軌跡として見てしまっていることはないでしょうか?

ストラウスは、医療者(特に医師)は、病みの軌跡の計画表(trajectory scheme)を作成すると述べています。

おそらく、看護師、セラピストも無意識に計画表を作成しながら、ケアやリハビリにあたっていると思われます。

一方、右ならえの平均的な計画表になってしまうと、患者とのズレが生じてきます。


これが、研究会誕生の中核でもある医療者と患者・家族との”もやもや”につながっている可能性があります。

『病みの軌跡』を”方向づけ”することに正解はない

病みの軌跡に対する暫定的な折り合いを探し続ける

これが重要になってきます。

この時に、局面を頭に浮かべながら、医療者間、患者、家族、社会等に働きかけをしていく必要があります。

それぞれが、仕事の役割を担い、方向づけをしている以上、ズレを最小限にする必要があります。

答えはありません。問題に向き合い問い続けることが重要になってきます。

私自身の軌跡のズレ

私自身も臨床において、患者や家族と方向づけにおいてうまくいかなかったことが多々あります。

自宅退院を強く希望している患者さんに対して、
難しいのではないかと伝えましたが、
家族の方や周囲の人に話を聞いてみると、
援助としては申し分なく、自宅退院が十分に可能でした。

一般的には継続的なリハビリを行なって、
身体機能を十分に改善させてから、自宅に帰る。
そんな、病みの軌跡の局面を回復期と考え、計画を立てました。

間違ってはいないと計画だったと思います。

しかし、病みの軌跡を「方向づける仕事」を担う立場として、
あまりにも自分の描いた計画表を優先してしまった伝え方でだったと
今でも反省しています。

まとめ

「病みの軌跡」とは、疾患の経過そのものを示す概念ではありません。
時間の中で変化していく病状と、それに向き合いながら患者・家族・医療者が担ってきた仕事、そのすべてを含んだプロセスを捉える視点です。

軌跡は、局面として整理されることはあっても、決して直線的には進みません。
改善と悪化を繰り返し、ときに立ち止まり、引き返しながら、その人固有の形を描いていきます。

その中で私たち医療者は、無意識のうちに「計画表」を描き、軌跡を方向づけようとしています。
しかし、その計画が平均的であればあるほど、目の前の患者さんの生活や価値観とのズレが生じてしまうことがあります。

病みの軌跡を方向づけることに、正解はありません。
あるのは、その都度立ち止まり、話し合い、暫定的な折り合いを探し続ける営み
だけです。

「病みの軌跡」という概念は、
私たちに答えを与えるものではなく、
問い続ける姿勢そのものを求めているのだと思います。

【参考文献】
Strauss A.L.,Corbin J.M.et al.:Chronic Illness and The Quality of Life(南裕子監訳:慢性疾患を生きる-ケアとクオリティ・ライフの接点-、p.83-96、医学書院、2013

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