普段、急性期病院に勤務している私は、判断をできる限り短時間で行うことが多く求められます。
それは、病院の性質上、リスクの高い患者さんや時間的制約の中で勤務しているため、仕方のないことです。
また、他の病院においても、評価や予後予測に対して効率化が求められています。
一方で、臨床で生じる問題は、短時間で解決できるものばかりではありません。
・治療方針
・転院か退院か
・転院先の検討
・医療者と患者関係
・他職種との食い違い
多くの課題が降り積もってきます。
そんな時、必要なことは「いったん判断しない」なのかもしれません。
なぜ”判断しない”という態度が必要なのか
短時間で解決できない問題に遭遇したときに、なかなか冷静に対処することは困難です。
そんな時に、ぜひ知っておいてほしいことがあります。
それが、エポケー(判断停止)です。
現象学のキーとなる考え方になります。
現象学は、フッサールというオーストリアの哲学者が創始した哲学です。
臨床においても、このエポケーを意識するべき時があります。
エポケーを超ざっくり一言で表すと、
決めつけをいったん全部カッコに入れて、“見えている体験そのもの”だけを観察する技法
現象学は、そうして先入観を外したうえで、その見えている体験の本質を明らかにしようとする(現象学的還元)ものです。
私たちは、数々の先入観の中で生きているため、あえて完全には外せないとは思います。
それでも、先入観をできる限り外すように意識する。
そのことを意識しないことは、
人はそれぞれ、全く違う人であるのに、
先入観のみで人を見ていては、他者理解は難しいものになります。
また、現象学は、医療分野では、質的研究において応用されてもいます。
臨床でのエポケー
医療者の言うことを聞かない患者がいたとします。
それを一度、括弧に入れます
『医療者の言うことを聞かない患者』
どうして、その人を自分はこのように思うのだろうと自分自身から考えます。
例えば、次のようなことを思い浮かべるかもしれません。
・忙しさのあまり、自分の指示を守ってほしいと感じていた
・安全配慮として必要だと考えていた
・専門職としての責任を強く意識していた
・過去の経験から、同じような患者さんだと感じていた
こうした医療者側の背景が、
「言うことを聞かなかった」という事実の受け取り方に影響しているのかもしれません。
この自分を見つめること(内省)は、エポケーという態度を意識的にしないとなかなか立ち上がってこないことがあります。
それでも、判断は必要である
もちろん、臨床において判断をしないわけにはいきません。
特に急性期病院では、安全管理や治療方針の決定において、迅速な判断が求められます。
転倒リスク、急変リスク。
一つ判断を間違えれば、患者さんの生命やその後の生活に大きな影響を及ぼすこともあります。
エポケーは、こうした判断を放棄するための態度ではありません。
また、あらゆる場面で立ち止まり、じっくり考え続けることを勧めるものでもありません。
むしろ、
判断せざるを得ない状況にあるからこそ、
「何を根拠に、どのような前提で判断しているのか」を振り返るための態度
だと考えています。
判断をあとから省みる
エポケーとは、
判断をしないことではなく、
判断している自分の立ち位置を、あとから振り返るための方法なのだと思います。
「医療者の言うことを聞かない患者」と感じたとき、
それが正しいかどうかをすぐに結論づけずに、
・なぜそう感じたのか
・どんな不安や責任感がそこにあったのか
を一度じっくり考えてみる。
それだけで、
患者さんを見る視点は、少し変わるように感じています。
T.A.



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