生活史の情報を得るには?

内省・関わり
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以前の投稿で、『語ることは癒しになるのか』で語ることによって、
自分の生活史を客観的に振り返ることができて、
患者さんにとって一種の癒しの効果があった事例を紹介しました。

今回は、病みの軌跡(illness trajectory)で有名なストラウスらが執筆した

『慢性疾患を生きるーケアとクォリティ・ライフの接点』

医療者が生活史の情報を得ることについてまとめられていましたので、
参考にしつつ、考えていけたらと思います。

生活史を得ることに価値を見出すためには、

「どのようにしたら、患者を援助できるだろうか」から

「患者によりよいケアを提供する」への変換


そして何よりも、

「この情報は役に立つ」という信念

を持つことです。

自宅と医療施設という二分化

患者さんが、医療施設内にいるとき、
医療従事者には、療養とケアに関して大きな責任を背負っています。

そのため、患者さんのケアや健康に

“過剰に巻き込まれる”状況が生じることもあります。

そして、医療従事者はその状況に耐えなければなりません。

感情やエネルギーを使い過ぎないように、患者に対して心理的に投資することからは身をひいて、
無愛想な無関心を装ったりすることが頻回に見られます。


私自身も臨床で、看護師さんから、
「自分が思っているケアとは反して、冷たい人間になってしまっている」
という話をしていただいたことがありました。

そこには、医療従事者は、
何にもまして業務を”遂行すること”
に専念する必要があるために生じていると考えられます。

医療従事者の責務(accountability)とは?

ここでの責務(accountabilityとは、
単にスタッフの定められた仕事への責任(responsibility)だけでなく、
実際に病院として要求されている責任や、法律上の責任をも意味しています。

スタッフは特定の情報を収集し報告することや、特定の業務を遂行することに
責務があります。

当然のこととして、それ以外の情報や患者との相互理解などは、
責務ではないし、組織上からみてもそんな責任はありません。

そのため、患者さんの生活史や経験をスタッフ内で共有して、
ケアに活かすということを一般化することには限界があります。

一般的に、

医療ケアにおける心理的・社会的側面は、責務外のこととして考えられています。

患者の多様な生活史

医療従事者(特に在宅訪問を行わないもの)は、
患者さんの生活史を特定の角度からしか見ることができません。

それは、患者さん(ここでは病者)の生活史には3つの異なったタイプがあるからです。

  1. 生活史は、病気に伴う一連の経験である
  2. 生活史は、医師やその他の医療従事者とか、さらに多種多様な医療施設との接触で経験したものである
  3. 社会的生活史と呼ばれるもので、親族、友人、知人、同僚さらに見知らぬ者との出会いという形の集計からくる生活史である

医療施設の中で上記の生活史を十分に把握することは困難です。
病者の生活史ということに関して、断片的にしか理解できていないと言わざる終えません。

本書の中で、慢性疾患へのケアの改善のためにまずするべきことは、

「患者の実際の生活史を把握する方法を発達させる」ことだと述べられています。

その一つがインタビューです。

生活史の情報を得るためのインタビュー

前置きが長くなりました、
ここで前述した、
「この情報は役に立つ」という信念が重要になってきます。

社会学者の中では、生活史を得る方法論は存在していると言えます。
それが、インタビューと観察技術です。

一方、医療従事者は社会学者とは違い、インタビューや情報収集のために雇用されているわけではなく、十分な時間もありません。

そこで、
インタビューを会話として捉えることが大切です。

  1. この会話を、情報を入手するために行うものであると考えることです。
  2. そして、人と会話するうえで得意不得意があります。
    聞き上手な人、初対面でも特に抵抗なく話せる人、患者さんとは抵抗なく話せる人、
    それらを自分自身で理解しておくことが重要です。
  3. 医療者と患者という関係性でのインタビューであることを意識しておくことです。
  4. インタビューは一度で全て聞く必要はありません。
    何度も会話を重ねて量的にも質的に良いものとしていくことです。
  5. そして、これは特に慢性疾患患者さんに言えることですが、
    インタビューや会話を単に個々の患者に焦点を当てるだけではなく、
    病気に共通した経験や共通のパターンにも焦点を当てて見るべきです。

このように意識して話を聞くことで、組織全体のより良いケアにつながっていきます。
ただしインタビューは、万能ではありません。生活史への接近の一つの方法にすぎないことは理解しておく必要があります。

インタビューの利点

インタビューは、
医療従事者にとって、楽しみをもたらします。
インタビューの正確性を高めるためには、患者さんだけではなく、
家族や周囲の方にも聞く必要があります。
そうすることで、見えなかった家族関係も見ることができ、
患者さんにより良いケアの提供に繋がります。

また、患者さんも話したがっています。
特に慢性患者さんは、生活史の情報を非常に協力的に進んで提供してくれます。

病者の多くは、さまざまな理由で社会的阻害に陥っている可能性があります。
そこで話を聞いてくれる存在がいるということは、患者さんにとっても大変嬉しいことです。

医療施設での医療従事者は患者さんから信頼されていることが多く、
患者さんに直接的に接近できるという利点があります。
この点、社会学者や人類学者とは異なる点だと思います。

まとめ

慢性疾患を生きる―ケアとクォリティ・ライフの接点が示しているのは、
慢性疾患のケアを改善するためには、疾患そのものではなく、患者の生活史に目を向ける必要があるという視点です。

しかし、医療施設という場は、

  • 責務(accountability)に基づく業務遂行
  • 法的・制度的要請
  • 限られた時間と人員

といった条件のもとで運営されており、患者の生活史や経験を十分に共有・活用することには構造的な限界があります。その結果、医療者は「冷たさ」や「距離」を装うことで、自身の感情的消耗を防ごうとする状況にも置かれています。

そのような現実を前提としたうえで、本書が強調している重要な転換点は次の二点です。

  • 「患者を援助する方法を考える」から、「よりよいケアを提供する」という発想への転換
  • 生活史の情報は、ケアに役立つという信念を医療者自身が持つこと

生活史を把握する方法として提示されているインタビューは、
特別な調査技法ではなく、日常的な会話を「情報を得る行為」として意識的に捉え直すことから始まります。
一度で全てを聞き取る必要はなく、関係性の中で繰り返し積み重ねていくことで、量的にも質的にも豊かな理解が可能になります。

また、インタビューは個々の患者理解にとどまらず、
慢性疾患に共通する経験やパターンを捉える視点をもたらし、結果として組織全体のケアの質向上にも寄与します。

インタビューは万能ではありませんが、
医療者が患者に直接接近でき、信頼を基盤に話を聞けるという点で、医療現場ならではの大きな強みを持っています。
話を「聞くこと」そのものが、患者にとっては社会的孤立を和らげる体験となり、医療者にとってもケアの意味を再発見する契機となります。

生活史を「すべて把握すること」はできなくても、
生活史に関心を向け続ける姿勢そのものが、医療やケアを変えていく
今回の記事のメッセージです。

【参考文献】
Strauss A.L.,Corbin J.M.et al.:Chronic Illness and The Quality of Life(南裕子監訳:慢性疾患を生きる-ケアとクオリティ・ライフの接点-、p.241-258、医学書院、2013

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