心理的安定性とは、「この場で発言したり失敗したりしても、バカにされたり評価を下げられたりはしない」とメンバーが感じられる状態を指す概念です。
この概念は、組織の風土や環境について論じられることが多いです。
そんな中で、医師と患者や家族との関係性における心理的安全性についての記事を見つけました。
医師の小西竜太先生が書かれた『診察室における医師-患者関係と心理的安全性』というタイトルの記事です。
小西先生は記事の中で、
診察室での患者さんは、医師に忖度して「物わかりのよい患者」を演じてしまっていることを問題視しました。
不確実性の高い医療現場においては患者さんが医師に
「何でも気兼ねなく話せる関係性」という心理的安全性が必要であると述べています。
心理的安定性とは?
心理的安全性とは、Edmondsonにより
「チーム内で、対人関係上のリスクを取ったとしても、安心できるという共通の信念」
と具体的に定義づけられ、組織風土で取り入れるべき重要な概念として示されました。
特に、この心理的安全性の概念は、2012年にGoogle社が行った自社調査にて、組織の生産性や離職率に大きく影響を与える要因であることが報告され、飛躍的に注目を集めるようになりました。
石﨑らは、『若手理学療法士の心理的安全性と働く意欲に関する基礎研究』の中で、
若手理学療法士のための心理的安全性に基づく職場風土の形成には
- 「ミッション、ビジョン」
- 「業務内容とシステム」
- 「他者との関わり」
- 「個人の特性」
- 「共感」
というカテゴリーが影響を与えていると明らかにしました。
特に「共感」は全てのカテゴリーにまたがる重要な背景要因であったようです。
医師と患者関係についても「共感」というキーワードは大切ですが、
さらに社会的立場から派生する特殊な権威勾配についても注意する必要がありそうです。
診察室に存在する「見えない壁」
小西先生は、医師と患者さんの関係には、
- 医師と患者間の圧倒的な情報の非対称性
- 社会的立場から派生する権威勾配
という「見えない壁が存在する」と述べています。
この壁こそが、患者さんが「何でも気兼ねなく話せる関係性」を気づくことを拒む最大に要因になっているようです。
複雑で不確実性の高い医療現場では、
医療チーム、患者さんを含めた心理的安全性は、
「あったほうがいいもの」ではなく「なければならない」必須条件としています。
そして、その出発点は
「あなたや病気のすべてを知っているわけではない」という姿勢であると書かれています。
心理的安全性とナラティブ
このように見ていくと、心理的安全性とナラティブの関係性が浮かび上がってきます。
小西先生の言われている「物わかりのよい患者」では、
心理的安全性が成立しておらず、そんな状況下では、
- 不安や迷いは語られない
- 生活背景や価値観は切り落とされる
- 医師が想定した「正解らしい語り」だけが残る
つまり、ナラティブが抑圧されている状態と言えます。
私は、
ナラティブが語られる条件として心理的安全性が必要なのではないでしょうか?と考えています。
また、医師と患者関係の権力勾配は、職場の組織とは異なり社会的背景が強く影響しています。
どれだけ共感的であろうとしても、
語る/語られないを分ける構造そのものが残っていれば、ナラティブは抑圧されます。
この社会的構造を意識すること、そして「あなたや病気のすべてを知っているわけではない」という、患者さんの病いというナラティブを理解しようとする姿勢が大切だと思います。
医療者と患者が「何でも気兼ねなく話せる関係性」に近づくと、多くのナラティブが立ち上がります。こうすることで、ナラティブは心理的安全性を保ち続けるプロセスにもなりうるのではないでしょうか?
まとめ
心理的安全性とは、単に「雰囲気のよい場」を指す概念ではなく、
対人関係上のリスクを取っても大丈夫だと感じられる関係性のことです。
診察室という場では、
情報の非対称性や社会的立場から生じる権威勾配によって、
患者さんは「物わかりのよい患者」を演じ、
本来語られるはずの不安や迷い、生活背景や価値観といったナラティブが抑圧されやすくなります。
このことから、
ナラティブを語れる前提条件として、心理的安全性が不可欠である
と言えるのではないでしょうか。
また、医師と患者の関係においては、
個人の共感的態度だけでなく、
語る/語られないを分けてしまう社会的構造そのものを意識する視点が重要になります。
「あなたや病気のすべてを知っているわけではない」という姿勢で、
患者と医療者が「何でも気兼ねなく話せる関係性」に近づける。
そしてその関係性の中で生まれるナラティブは、
心理的安全性が生み出す結果であると同時に、保ち続けるためのプロセス
にもなりうるのだと思います。
【参考文献】
- 小西竜太:診察室における医師-患者関係と心理的安全性.プライマリ・ケア.2026;11(1):43−45.
- 石﨑崇天ら:若手理学療法士の心理的安全性と働く意欲に関する基礎研究.理学療法学.2025;52(3):126−135.



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