当ブログでは、「文化・医療人類学」というカテゴリーを作成しています。
医療人類学は、日々の臨床や医療者や患者関係を考える上で多くの視座を与えてくれます。
本稿では、医療人類学が「知識」として役立つというよりも、臨床のどの場面で、どのように思考や関わり方を変えるのかを整理してみたいと思います。
結論から言えば、医療人類学は、臨床で「患者さんとうまく関係性を築けていないと感じたとき」や「理解ができない出来事があったとき」に役に立ちます。
それは、新しい治療法やテクニックを教えてくれるからではありません。
医療者自身が、患者を理解するうえで、立ち止まって問い直す視点を与えてくれるからです。
私たちは患者になったとき、病気や不調をどのように理解し、誰を頼り、どのように対処していくのでしょうか。
どう「病い」を理解しているか?
医療者は症状を「疾患」として捉えますが、患者さんは一概にそうではありません。
患者さんの多くは症状を「病い」として認知し、生活の中に直接的に影響を与えられてしまいます。
- 家事や育児ができなくなる
- 仕事ができなくなる
- 趣味や娯楽ができなくなる
そして、医療者は「原因」を求めますが、患者さんは「意味」を求めます。
- なぜこの病気になったのか
- どうしてこのタイミングなのか
- どうして私なのか
そこには、医学的な文脈では大抵説明できない内容が含まれています。
医療人類学の定義
医療人類学は、異なる文化や社会集団に属する人々が、心身の不調の原因をどのように説明し、信頼できる治療のタイプをどのように選び、実際に病気になったときに誰を頼っていくか、などを研究する学問である。
また、健康や病気に関する信念や実践が、人体の生物・心理・社会的な変化とどのように関連するかを研究する学問でもある。
さらに、医療人類学は、人々が苦悩をどのように語り、どのように対処していくのかを学ぶ学問である。セシル・G・ヘルマン 著(2018)『ヘルマン医療人類学』,辻内琢也 監訳,金剛出版.
医療人類学は、疾患を病いとして捉え文化や社会的な視点から理解しようとします。
我々医療者は、普段の臨床の中で、医学的文脈に伴う「疾患」を理解することには慣れています。
一方で、患者さんの生活者の文脈の中の「病い」の把握に関しては十分とは言えません。
科学的に根拠のある医療、エビデンス、ガイドラインなど
この疾患には、こうするべきであるという教育を受けてきました。
つまり、医療者の中では疾患の原因を突き止めて治療するという文脈で完結してしまい、
一人の患者さんにとっての病いが与える意味については後景になってしまっています。
その病いを理解しようとするのが医療人類学なのです。
医療人類学は医療者の「もやもや」に輪郭を与えてくれる
臨床で働くことは、一人の患者さんのみを対象にしているのではありません。
また、病気になるということは、当事者の人生において強い影響を与えます。
そして、
私のあたりまえとあなたのあたりまえは違います
医療者のあたりまえと患者さんのあたりまえも違います
このことを世間一般では価値観の違いともいったりしますが、
社会や集団が違うために、どうしても起こってしまいます。
一方で、臨床において価値観が違うからという理由で、治療法や指導法が大きく変わったりはしません。
医療者はそのときに患者さんとの関係について「もやもや」を抱えることになります。
- 医学的には正しいのにうまく伝わらない
- 患者さんの行動が理解できない
医療人類学は、その「もやもや」に輪郭を与えてくれる学問であると思います。
まとめ
医療人類学は、人々が病いや苦悩をどのように理解し、意味づけ、語りながら生きているのかを、文化や社会の文脈から捉え直そうとする学問です。
疾患を診断し、治療することを中心に発展してきた医学とは異なる視点から、病いを経験する「生活者」に焦点を当てます。
我々医療者は、医学的文脈に基づいて疾患を理解し、エビデンスやガイドラインに沿って判断することに慣れています。
その一方で、患者さん一人ひとりにとって病いがもつ意味や、その人の人生や生活に与える影響については、十分に捉えきれないまま臨床を進めてしまうことがあります。
その結果として生じるのが、
「説明したはずなのに伝わらない」
「医学的には正しいのに、関係性がうまくいかない」
といった、医療者の中に残る「もやもや」です。
医療人類学は、そのもやもやを解消するための答えを即座に与えてくれるわけではありません。
しかし、その違和感を、個人の力量や理解不足として片づけるのではなく、異なる文脈のすれ違いを捉え直すための輪郭を与えてくれます。
当ブログでは、医療人類学の視点を背景にしながら、臨床の現場で出会った語りや違和感、立ち止まらざるを得なかった経験を扱っていきます。
答えを急がず、わかりやすく整理しすぎることなく、医療と生活のあいだに生じる揺らぎを考え続ける場として、このカテゴリーを位置づけていきたいと思います。
【参考文献】
- セシル・G・ヘルマン 著(2018)『ヘルマン医療人類学』,辻内琢也 監訳,金剛出版.



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