医療の臨床や研究では、アウトカム=転帰・結果が重要視されます。
「良い」アウトカムを出すことが求められますが、
「良い」とは、医療者、患者あるいは家族、誰にとってでしょうか?
この「良い」アウトカムというのは、
しばしば医療者と患者でズレが生じているように感じます。
アウトカムとは?
医療における「アウトカム」とは、治療やケアの結果として患者に実際に生じた状態や成果(転帰)を示す概念です。
具体的なアウトカム指標の例
- 生命や病気に関する指標
- 健康状態・機能の指標
- 生活の質や満足度に関する指標
- QOL(生活の質)の改善や患者満足度など、患者がどれだけ「よりよく生活できるようになったか」を示す指標。
誰のためのアウトカム?
アウトカムは、「患者さんのためにある」と言って間違いはないと思います。
一方で、臨床では、
「本当に患者さんのためになっているのだろうか」
「すごく良くなったのに、満足してくれてる感じがしないな」
と疑問を持ってしまうことがあると思います。
生活の質や満足度に関する指標などは、
医療のアウトカムを身体機能や生化学データのみではなく、
生活者としての視点から評価するということに関して有意義だと思います。
一方で、私自身も健康関連QOLの臨床研究をしたことがありますが、
「人工関節をした患者さん、抗がん剤の治療を受けた患者さんの健康関連QOLは、〇〇年後に一般的な方の数値まで改善する」
という結果が出たとしても、目の前に健康関連QOLの低い患者さんがいる時に、役に立つデータとは言えません。
つまり、アウトカム指標は
「目の前のこの患者さんがどう感じているか」を説明するためのものではなく、
「この治療が一定の集団に対して妥当であるか」を示すための指標だと言えます。
目の前に健康関連QOLの低い患者さんがいる時に、
集団平均としてのQOL改善のデータは、
その人のつらさや苦悩に直接答えてくれるものではありません。
医療者と患者の求める「良い」アウトカムは違う
医療者と患者さんでは、求めている「良い」アウトカムが違う場合があると言えると思います。
治療後の結果や評価が「良い」のに、
患者さんが納得されていないとき。
医療者的には思ったような結果ではないのに、
患者さんは満足しているような表情をしているとき
「良い」アウトカムと思っていた内容が違っていたり、
あるいは、アウトカムまでのプロセスが影響しているのかもしれません。
このズレは、
どちらかが間違っている、
どちらかが理解不足である、
という問題ではないと思います。
医療者は、
「治療として妥当であったか」
という視点から「良い」アウトカムなのか判断します。
一方で患者さんは、
「治療前から考えていた通りの結果であったか」
「これからの生活をどう生きられそうか」
という文脈の中で、その結果を受け止めています。
同じ「結果」を見ていても、
大切にしている時間軸や意味の文脈が異なれば、
「良い」「良くない」の判断が異なります。
アウトカムは、
医療を選択し、正当化するために欠かせない指標です。
一方で、医療者と患者さんのあたりまえは異なり、
医療者が作成してきたアウトカム指標であるがゆえに、
ズレが生じてしまいます。
私たちは
アウトカムという「結果」を大切にしながら、
目の前の患者さんが経験している
その人なりの「転帰」と、どのように向き合えばよいのでしょうか。
そんなとき、医療人類学などの人文学がもやもやに輪郭を与えてくれると思っています。
【参考文献】
尾藤誠司 編(2007)『医師アタマー医師と患者はなぜすれ違うのか?』,医学書院.



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