説明モデル(explanatory model)とは、
「患者や家族や治療者がある特定の病いのエピソードについていだく考え」アーサー・クラインマン著『病いの語り-慢性の病いをめぐる臨床人類学』
患者の『説明モデル』
おはようございます。ナラティブ研究会です。
前回の投稿では、患者行動に影響を与える3つのセクターについて紹介しました。
本日は、医師であり医療人類学者であるアーサー・クラインマンが語りの中で重要視している『説明モデル(explanatory model)』について紹介します。
『説明モデル』とは、どうして私は病気になったのか?です。
現代の医療は予防医学が発展しており、病気になるならないはコントロールできるものという印象を持っている方も多いと思います。例えば、「お酒を大量に飲み続けていたため肝臓が悪くなったんだ。」とか「甘いものが大好きだから糖尿病になってしまった。」とか 何か原因になるものがあったからこそ病気になってしまったんだ と当事者は解釈します。
一方これだとどうでしょう。ある日、あなたは仕事帰りに歩道を歩いていた。すると前から、自転車に乗った若い男性が、よそ見をしながらこっちに近づいていた。若い男性はこちらに気づいていない。とうとう、あなたはその自転車と正面からぶつかってしまい足を骨折してしまった。救急車に運ばれ、入院となり、病院のベッドで天井を眺めなければならない状態になったとき、あなたは何を思いますか?「運が悪かった。」「歩道を歩いてただけなのに。」「どうしてこんなことになったんだろう?」と考えるかもしれません。もしかすると、「仕事が順調に進まず、いつもの時間より遅くに帰ったのが原因かもしれない。」や「なにか罰が当たったのかもしれない。自分は最近なにか悪いことをしたのだろうか?」なんて生活や仕事を怪我と結びつけて考えるかもしれません。
これも、患者の『説明モデル』なのです。人は病気や怪我をしたとき、なぜ、私はこんなことになってしまったんだろうと考えます。そして、その答えを探しますが、「日頃の行いが悪かったんだ」とか、「厄年だから」とか理にかなっていない場合も多々あります。
医療者の『説明モデル』
みなさんもお気づきかもしれませんが、患者の『説明モデル』があるということは、医療者の『説明モデル』も存在します。
医療者の説明モデルとは、前述した予防医学に代表されるように、医学的知見や科学的根拠に基づいた病気の捉え方です。例えば「ウイルス感染による炎症反応」や「生活習慣によるリスク因子の蓄積」といった生物学的な説明が中心になります。
自転車の接触事故についても、怪我をしてしまった経緯よりも、ぶつかり方であったり、コケたときに頭を打っていないかであったり、医学に関連する情報を聞きだして、診断や治療につなげようとします。
この医療者の思考は、医療を学んでいく中で気づかぬうちに身につけることとなります。そして、医療者と患者は少しずつ病気に対する認識にズレが生じてくるのです。
『説明モデル』は信頼関係構築に重要!
患者の『説明モデル』と医療者の『説明モデル」は一致することもあれば、一致しないこともあります。この両者の『説明モデル』が一致しないときに、しばしばすれ違いが起きてしまいます。「あの患者さんは、病気に対する自覚がない」であったり、「〇〇先生は、私の気持ちをわかってくれない」となってしまうかもしれません。
アーサー・クラインマンが言いたかったこと、それは、患者の視点を大切にしなさい。そしてケアに取り入れなさい ということです。
医師で文学者のルタ・シャロンも、医療者に要請される専門性は「科学的な専門的知識を持つ」と同時に,「患者の言葉に耳を傾け,病いという試練を可能な限り理解し,患者の語る病いのナラティブ(narrative: 物語)の意味づけを尊重し,目にしたことに心を動かされて患者のために行動できる」ことと同様な見解を述べています。
医療者と患者は、『説明モデル』のズレを解消するために、お互いを(医療者のみならず患者も)受け入れることが重要です。
そうすることで、医療者と患者の信頼関係が構築され、最適な医療の提供につなげることができると思います。
まとめ
今回、『説明モデル』について紹介しました。
『説明モデル』とは「患者や家族や治療者がある特定の病いのエピソードについていだく考え」のことです。
この『説明モデル』は、医学的な観点から説得力のあるものもあれば、全く伴わない場合もあります。医療者においては、科学的根拠に基づいて病気を捉えます。患者は、生活の中で原因を追求します。その結果、ズレが生じてしまうことが多々あるのです。
この両者のズレを、お互いを認め合いながら解消していくことが、医療者と患者の信頼関係につながると考えられています。
ぜひ、医療者の方も患者の方も、この『説明モデル』を知っていただき、最適な医療やケアを与えたり与えられたりできるためのヒントになれば幸いです。
【参考文献】
アーサー・クラインマン著『病いの語り-慢性の病いをめぐる臨床人類学』
ルタ・シャロン著『ナラティブ・メディスン‐物語能力が医療を変える』
T.A



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