社会学者が患者と家族のナラティブを聞きとる

読書メモ
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社会学とは、世の中で当たり前と思われていることを「ほんま?」と問い直す学問。同志社大学HPより)

そんな学問を専門とする社会学者が、在宅緩和ケアの現場を聞き取りした報告がありました。

相澤 出(あいざわ いずる)先生の論文で、
『患者と家族のナラティブ(物語)を聞きとる-在宅緩和ケアの現場の社会学者-.比較文化研究.2016;26:35−48』です。

相澤先生は、在宅医療を専門とする医療法人の研究所に、社会学の研究者として、常勤職員(研究員)として勤務されていたようで、これは大変珍しいことです。

本論文は、その当時の調査の報告のようです。

何が興味深いかを一言で表すと、

普段、医療者が必要ないと思ってしまいがちなナラティブ(語り)を、
聞き逃さず考察に含め、患者さんや家族のナラティブを役に立つ/立たないで選別されていない点です。


本稿では、社会学の理論を紹介するのではなく、社会学者が在宅現場で“何を聞き、何を残したのか”に注目します。

自宅だからこそ語られること

論文の中では、家族が看取りの経験について、
これまでの人生や患者さんの思いや希望について語っています。
また、それだけではなく、
患者さんの周りで起こる不思議な体験談や経験談が自由に語られています。

このような語りは、病院においては話しにくい内容で、
医療者自身も聞き逃してしまいます。

一方で、自宅においては、
患者さんや家族の緊張はほぐれており、
様々な語りが縦横無尽に繰り広げあられます。

やや文脈は異なりますが、
医療者にとって、
病院はホームで、在宅はアウェイ
そんな言葉を聞いたことがあります。

いずれにせよ、患者さんや家族にとって自然体でいられる場が自宅であると言え、
そこでのナラティブはより生活者寄りになります(反対に病院だと医療者寄りになります)。

物語の多様さ

物語の多様さは、聞き手の側の予想を上回ってくる。地域の違いや生きた世代、歩んだ人生によって多様なナラティブが患者、家族、遺族側にある。ただし、こうしたナラティブは医療・介護の専門性の枠を超える上に、業務上の必要や忙しさから、聞き流されがちである。

家族のナラティブを知るうえで押さえるべき背景は、非常に幅広く複雑です。
患者さんや家族のナラティブが、私たちの専門性の枠を超えたとき、
もしかすると、「自分の聞きとり方がうまくいってないのかも」と思ってしまうかもしれません。

しかし、実際は違います。
論文中で、医療者でありながら、多様なナラティブの良き聞き役となれることは、
人文・社会学的な関心を共有したケアの専門職という表現しています。

「患者」ではなくトータルに理解されるべき「人」として位置付けられたケアのためには必要であると位置付けられます。

お話のうかがい方

本論文のさらに興味深い点は、お話のうかがい方である。

ご自宅で、お茶といっしょに、シソをたくさんまいた香りのよい味噌の焼きおにぎり、自家製の漬物や煮物をごちそうになりながら、お話をうかがった。

医療者の論文においては、間違いなく省かれるところだと思います。
しかし、この情景にも意味があります。

このお手製のおにぎりも、病院であったら患者が食べたくても食べられなかったものとして、話者の話に登場する。この他に脱線話にも、話者宅あるいはこの地域の食生活やそれをめぐる生活の話が出てきた。こうした話もまた生活を理解し、生活の質を考えるうえで最良の手がかりとなる。

ナラティブは患者理解を深めますが、それは、医学的情報のみでは見えてきません。
現場だからこそ大切なナラティブには注意を向けるべきだと思います。

まとめ

相澤 出先生の論文は、在宅緩和ケアの現場において、患者や家族のナラティブについて、社会学者の立場からの丁寧な報告でした。

自宅という場では、患者や家族は医療的説明を求められる存在ではなく、生活者としての人として語ります。人生の歩みや思いだけでなく、不思議な体験談や脱線した話も含め、語りは整理されないまま広がっていきます。こうしたナラティブは、医療の専門性からは不要に見えやすいですが、生活の質やその人らしさを理解するための重要な手がかりとなります。

多様な語りに直面したときに生じる医療者の戸惑いは、聞きとりが失敗しているのではありません。むしろ、語りが専門性の枠を超えていることの表れであり、論文はそれを受けとめる姿勢として、人文・社会学的な関心を共有する専門職のあり方を示しています。

また、お茶や手料理を囲みながら語りを聞くという場面は、単なる背景描写ではなく、語りが生まれる条件そのものとして位置づけられており、病院では漏れがちな生活の要素こそが、患者さんや家族を「患者」ではなく、トータルな「人」として理解することにつながります。

本論文は、ナラティブを医学的情報の補足として扱うのではなく、
現場で人をどう捉えるのかという本質そのものであると思います。

【参考文献】

相澤出:患者と家族のナラティブ(物語)を聞きとる-在宅緩和ケアの現場の社会学者-.比較文化研究.2016;26:35−48

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