臨床で働いていると、解決しずらい、理解し難い”もやもや”に遭遇します。
あるときは、患者さんに拒否されたり、またあるときは、多職種で方針が違ってしまったり、、、
『どうしてわかってもらえないんだろう』とか『私は一生懸命に頑張ってるだけなのに』と思ってしまったり、、、
臨床では、こういった”もやもや”が数多く存在します。
本日は、”もやもや”が生じたときの心構えについて考えていけたらと思います。
社会心理学から考える”もやもや”への対応
大阪大学大学院 人間科学研究科 教授で社会心理学者の三浦麻子先生の著書『「答えを急がない」ほうがうまくいく』の中で、
自分の中に湧くもやもやとした葛藤をさっさと捨てずに、ちょっと抱えておいてはどうだろうかという話だ。
三浦麻子『答えを急がない――あいまいな世界でよりよい判断をするための社会心理学』日経BP, 2025, p.144
この引用部分は、臨床で生じる”もやもや”とは若干文脈が異なりますが、ナラティブにつながる重要な視座です。
私たちは、なにか”もやもや”を抱えたとき、その苦しみから逃れるために、一刻も早い解決を図ろうとします。しかし、なかなかうまくいきません。また、結論を急いだときの対応は感情的で思い込みの強い傾向があります。
心理学において、『二重過程理論』といって直感型の思考モードと論理型の思考モードの両方が備わっているという考え方があるそうです。三浦先生は著書の中で直感型の思考モードを”せっかちモード”、論理型の思考モードを”じっくりモード”とネーミングされています。
臨床においての”もやもや”は”じっくりモード”で時間をかけて対応する必要があると思います。
”じっくりモード”で客観的に物事を考えるべきです。
医療人類学から考える”もやもや”への対応
文化(医療)人類学の重要な概念として、”相対化(relativization)”というものがあるそうです。
”相対化”とは、「あたりまえ」を一度外して見つめなおすこと。
医療者にとっては、医療者の”あたりまえ”があります。
医師の”あたりまえ”、看護師の”あたりまえ”、理学療法士の”あたりまえ”、作業療法士の”あたりまえ”、似ているものの多少違います。
想像してみてください。生活者の”あたりまえ”はどう思いますか?
本当に一人ひとり違いますよね?
今まさに、目の前にいる患者さんのあたりまえを理解することなど大変困難なことです。
だからこそ、まずは自分がどんな“あたりまえ”で物事を見ているのかを知り、
それが相手とは違う可能性を受け入れる必要があります。
日々の”もやもや”に立ち止まり、
「これは誰の”あたりまえ”がぶつかっているのだろう?」と考える。
その姿勢こそが”相対化”を育てる一歩なのだと思います。
まとめ
今回は、”もやもやを感じたとき”の心構えについてまとめました。
心理学でも医療人類学でも、共通するのは
“すぐに答えを出さないこと”です。
じっくりモードで考えること。
自分のあたりまえを相対化すること。
一度立ち止まって、相手と自分の理解を見つめ直すこと。
”もやもや”を抱えておくことは、苦悩を伴います。
しかし、その苦悩を持つことがナラティブの重要性に気づかせてくれる入口になる。
私は思います。
今回は抽象的な内容となってしまいました。
今後は、より具体的な内容も
噛み砕いてご紹介していく予定です。
本日も読んでいただき、ありがとうございました。次回もぜひご一読ください。
【参考文献】
1) 三浦麻子『答えを急がない――あいまいな世界でよりよい判断をするための社会心理学』日経BP, 2025.
2) 渥美一弥ほか編著『医師と人類学者との対話――ともに地域医療について考える』協同医書出版社, 2021.
T.A



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