医療における病人とは?

文化・医療人類学
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こんにちは。

本日のテーマは、「医療における病人とは?」です。

社会から見た医療における病人を知ることで、臨床での自分の見つめ直しになること間違いなしです。

アメリカの社会学者で超有名な社会学者のタルコット・パーソンズの”病人役割”という概念を引用して、できる限りわかりやすく解説していけたらと思います。
※本記事の内容は、社会学・医療人類学の概念を踏まえつつ、筆者の個人的な見解を含んでいます。

病人とは社会的な役割を持つ

パーソンズは、「病気は生理学的な異常であると同時に社会的な逸脱の一種である」と述べています。

その中で、4つの病人役割を持つと明確化しました(わかりやすく噛み砕いて記載)。

  • 病人は、病気という状態に対して責任をとらなくてよい
  • 病人になると、その人に課せられる通常の社会的役割(例えば労働)の諸責任が免除される
  • 病人は、1日も早くもとの社会的役割を果たせるように努力しなければならない
  • 病人は、医療者の助言に従う義務がある

この4つが社会が病人を認定する仕組みとなっているとしました。

もちろん文化は国ごとで異なるため、日本において全て正しいということはありません。

ただ、医療従事者の我々からすると的を得ている部分も多いと思います。

病人は一刻も早く社会的役割を回復する義務をもつ

病人役割の「病人は、1日も早くもとの社会的役割を果たせるように努力しなければならない」この部分、医療者の頭の片隅に常にあるような気がしませんか?

患者は、社会復帰のために精一杯治療に取り組むべきだ。よく考えることないですか?「もういいんです。仕事もできません」という患者に対して、何か残念に思うことないですか?

おそらく、この社会が作り上げた病人役割は、“医療者の視点を内包する社会的枠組み”だと思うのです。


つまり、医療者は、この病人役割という社会システムを運用する当事者になっているのではないでしょうか?

医療者は医学的視点にとても偏っています。そんな、医療者が”運用する当事者になっている”からこそ、医学的視点が強くなりすぎて、社会的・文化的・生活世界の側面が見えなくなることが起こるのかもしれません。

病人役割を”相対化”する

相対化については、先日のブログ「医療者が”もやもや”を感じたとき」にて説明させていただきました。

「病人とはこういうものだ」という社会的規範を”あたりまえ”としないことです。

病人の役割は、文化的に作られたルールみたいなものであって、絶対ではありません。

こういうと、「それじゃあ、どうしたらいいの?別にやる気がない人は、そのままでいいってこと?」って思ってしまうかもしれません。

“疾患”ではなく”病い”に注目する

パーソンズの概念は、“疾患(disease)”側に偏ってしまっているのではないでしょうか?


・社会がどう病人を扱うか、医療者にどんな役割が期待されるか、病人にはどんな義務があるか。


ここに欠けている視点、それが“病い(illness)”の視点、本人が経験する苦しみのナラティブです。

医学的ではなく社会的に医療を分析する視点を持つことはめっちゃ重要です。だから、否定をしているわけではなく、この概念を知ることで、自らの臨床を振り返るきっかけになると思っています。


無意識のうちに、病人役割を患者に当てはめてしまっている可能性があります。一度相対化し、その人の”病い”を理解することが臨床をより深いものにすると思います。

まとめ

パーソンズは、病気を社会が定義する「病人役割」という枠組みとして捉えました。社会は病人に特定の行動を求め、医療者はその期待を運用する存在とされます。

しかし、この社会的枠組みの中では、患者自身がどのように苦しみを経験し、どのように意味づけているかという”病い”の世界は見えにくくなります。
医療者が病人役割の規範だけに依拠すると、患者の物語は置き去りになり、医療は「疾患を治すこと」だけに偏ってしまいます。

だからこそ、“疾患ではなく病いを見ること”が重要だと考えています。

病人役割という社会的テンプレートをいったん脇に置き、その患者を理解しようとする姿勢。

それこそが、医療者に必要なもう一つの視点だと思います。

また、疾患(disease)と病い(illness)については、深掘りして考えていきたいと思っております。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

【参考文献】
田中恒男.医療における患者の役割.糖尿病.1979;22(2):224-227.

T.A

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