EBM(Evidence-Based Medicine)とは、「根拠に基づく医療」のことです。
EBMという言葉は、1990年初めにカナダのマクマスター大学のGordon GuyattやDavid Sackettらによって使われたのが始まりです。
今回は、このEBMについてまとめます。
EBMの3つの基本原則
- 最適な臨床決断には、利用可能な最良のエビデンス、理想的にはそれらの系統的(システマティック)レビューを理解することが必要である。
- EBMは診断検査や治療選択がどの程度、確信できるかの指針を提供する。
- エビデンスだけでは臨床決断を下すことはできず、利益、リスク、負担、コストを比較し、患者の価値観や選好(preference:複数の選択肢の中から、特定のものをより望ましいと選ぶこと)を考慮する必要がある。
EBMを提唱したSackettは、「EBMは個々の患者のケアに関する決定を下すときに、最善のエビデンスを良心的、明示的、思慮深く用いることである。EBMは臨床的経験、患者の価値観、利用可能な最良の研究情報を統合する。臨床上の意思決定に質の高い臨床研究を用いる社会運動である。」と定義しました。
つまりまとめると、
EBMとは、「エビデンスを絶対視すること」ではなく、
エビデンス・臨床経験・患者の価値観を統合して、納得できる臨床決断を行うための考え方です。
EBMの5つのstep
EBMは、その手順を5つのstepに分けて考えます。
step1:問題の定式化
step2:情報収集
step3:情報の批判的吟味
step4:情報の患者への適応
step5:step1〜step4のフィードバック
step1:問題の定式化
まずは、臨床で生じた疑問を明確にすることから始まります。
例)
人工膝関節全置換術(TKA)後の患者を担当しているとき、
- 「術後は早く歩かせたほうがいいのか?」
- 「痛みが強い時期は、安静を優先すべきか?」
と迷う場面は少なくありません。
この疑問を、PICOで整理します。
- P(患者):TKA術後の患者
- I(介入):術後早期からの歩行練習
- C(比較):歩行開始を遅らせる
- O(アウトカム):機能回復、合併症、入院期間
「TKA術後患者において、早期歩行練習は有効か?」
という臨床疑問が明確になります。
step2:情報収集
次に、最良のエビデンスを探します。
- PubMed
- Cochrane Library
- ガイドライン
などを用いて、
- システマティックレビュー
- RCT(ランダム化比較試験)
を中心に情報を収集します。
重要なのは、
「とりあえず論文を読む」ではなく、
step1で立てた疑問に答える情報を探すことです。
step3:情報の批判的吟味
集めた論文が、
本当に信頼できるか、臨床で使えるかを吟味します。
見るべきポイントは例えば、
- 研究デザインは適切か
- バイアスは少ないか
- 対象患者は自分の患者に近いか
- 効果は統計的だけでなく臨床的に意味があるか
この段階で、
批判的に文献を吟味して、
「どの程度信頼できるか」を判断します。
step4:情報の患者への適応
そして、いよいよ患者への適応です。
たとえ
「早期歩行が有効」というエビデンスがあっても、
- 痛みへの恐怖が強い
- 不安が強い
- 生活背景や価値観が異なる
患者に、そのまま当てはめることはできません。
エビデンスを踏まえたうえで、
- 痛みを調整しながら
- 歩行距離や頻度を調整し
- 患者の希望や不安を共有する
「この人にとって、今どうするのがよいか」を対話の中で考えます。
step5:フィードバック
最後に、一連のstepを振り返ります。
- 本当にアウトカムは改善したか
- 患者は納得してリハビリに取り組めたか
- 次に同様の患者を担当したとき、何を活かせるか
この振り返りが、
次のstep1(新たな臨床疑問)につながります。
EBMは、繰り返し循環させるプロセスです。
私は、このstepの中で、
臨床や学会の場面でよく使われているのが、
step3の「情報の批判的吟味」
であるように感じます。
一方、最も重要で難解なstepはどれなのでしょう?
step4「情報の患者への適応」だと思います。
EBMはエビデンスそのものではなく、エビデンスを個別の患者にどのように当てはめていくかを考える方法論です。
同じような状況であっても、患者さんによって判断は変わり得るので、必ずしもエビデンスが示す通りに診療するのが正しいわけではありません。
EBMの誤解
EBMは、これまで医師の経験で判断されることの多かった臨床を、
より科学的で根拠のある医療を患者さんへ適応する方針へと変化を与えました。
現在の医療の発展に強く寄与しています。
一方で、
- エビデンス至上主義である。
- 個々の患者の個別性や価値観を軽視する。
- EBMとは臨床疑問を定式化し、適切な文献を検索し、批判的吟味をすることである。
といった誤解でてきています。
これは、
step4の「情報の患者への適応」の部分が未完成であるためだと考えられています。
つまり、
共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)の実践手法を完成させる必要があります。
SDMとは、医療者(医師など)と患者さん(またはその家族)が対話し、専門的な医学情報と患者さんの価値観・希望・ライフスタイルなどを共有し、共に納得できる最適な治療方針やケアプランを「一緒に」決定していくプロセスです。
EBMの主にstep4「情報の患者への適応」を補完するために、
NBMが重要になると考えています。
※EBMとNBMについては、Aboutに記載しております。
まとめ
EBM(Evidence-Based Medicine)は、「根拠に基づく医療」と訳されることが多いですが、
それはエビデンスを絶対的な答えとして扱うことを意味するものではありません。
David Sackettらが示したように、
EBMとは、
- 利用可能な最良のエビデンス
- 医療者の臨床経験
- 患者の価値観や選好
これらを加味して、個々の患者にとって最も納得できる臨床決断を行うための考え方です。
EBMは、
「step3:情報の批判的吟味」が強調されがちですが、
実際に最も重要で、かつ難解なのは
step4:情報の患者への適応です。
同じ疾患、同じエビデンスであっても、
患者さんの不安、生活背景、人生観が異なれば、
選ばれる判断は変わり得ます。
このstep4を実践するためには、
医療者が一方的に判断するのではなく、
共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)を通して、
患者さんと対話しながら意思決定を行う姿勢が不可欠です。
そして、その対話を深めるために重要になるのが、
NBMです。
両者は対立するものではなく、
EBMのstep4を実装するために、NBMが補完的に機能する
と考えることができます。
不確実性の中で、患者の最善を探し続ける
それこそが、EBMの本質なのではないでしょうか。
【参考文献】
- 小松康宏.EBM(エビデンス・ベースド・メディシン)の進歩:四半世紀.医療の質・安全学会誌.2022;17(3):314–316.
- Guyatt G.EBMとは何か.相原守夫(訳).医学文献ユーザーズガイド:EBMマニュアル.第3版.東京:中外医学社;2015.(原著:JAMA)
- Sackett DL, Rosenberg WMC, Gray JAM, Haynes RB, Richardson WS. Evidence-based medicine: what it is and what it isn’t. BMJ.1996;312:71–72.



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