皆さまこんにちは。
私は理学療法士という医療者であり、脳腫瘍を患う病者/患者でもあります。
そんな私の経験を語るために、投稿いたします。どうぞお付き合いください。
今回は人類学者としてご活躍される磯野真穂先生の著書
「他者と生きる リスク・病い・死をめぐる人類学」
を参考に自身の経験と照らし合わせていきたいと思います。
「時間とは何か?」という問いに皆さまはどう答えますか…難しいですよね。
時間は個人の外側に存在し、かつ一定の速度で流れている。
そのため、個々の生きた時間を計測し、比較することができると述べられています。
さらにこの時間は、人間観に沿って幾つか分類されていることも特徴的かと思います。
医療者として患者の「時間」として考えると、
急性期から回復期、生活期と過去から現在、未来を一直線に結んだ時間が浮かぶのではないでしょうか。
一方、患者として「時間」を考えると、直線とは言い難い場面も存在します。
例えば、病気を知った時(急性期)私はなぜかあっさりと受容し、入院治療を楽しみにするという思考が働きました。今振り返っても不思議です。
しかし、時が過ぎるにつれ病気に恐怖を抱き、悲観的思考に陥ることが多くなりました。
なぜそうなるのか。
入院期間中はもちろん休職を余儀なくされます。
同期はもちろん、同世代は当たり前のように職務に励む一方、入院を通し自由が制限されることで、自身が社会的マイノリティに属していることを感じ、孤独感に苛まれてしまいました。
無事退院しても、家族や友人と接することで他者の存在を改めて認識し、それらを残し死に至るのではないかという、恐怖も芽生えてきました。
このことから社会という場所で他者との関係を通し、自身の予測と大きく異なる出来事に直面します。
それを「時間」に捉えると、直線ではなく曲線を描く不思議な「時間」が生成されます。
他にも、突如時間が止まり、逆方向へ進むこともあります。
統計学的な時間は直線を描き、一定の速度で進んでいきますが、
患者にとっての時間はこの概念から容易に逸脱する不思議な生き物のような特徴があります。
ぜひ、日々の臨床において時間を様々な角度から考えてみてはいかがでしょうか。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
田中祐介さんの投稿でした。
『医療者と患者:二足の草鞋を履く私』
もどうぞご覧ください。
【参考文献】
1) 磯野真穂:他者と生きる リスク・病い・死をめぐる人類学.集英社新書,2022.



コメント
ご投稿ありがとうございます。
病いの時間について、考えさせてもらえる内容でした。
病いについて、安易に直線的に捉えることがないようにしたいです。