目の前の患者さんに「何がつらいですか?」と聞くことはありますか?
そう考えてみると、多くの医療者はこのような当たり前に思われるような問いを患者に聞いていないのではないでしょうか?
「病気によってあなたは何がつらいのか」、これが医療の本来の出発点となるでしょう。しかし、多くの医療者は「病気=つらい」と考えてしまうため、当たり前に思われる表題の問いを問わなくなっているのではないでしょうか?
しかし、患者さんは必ずしも病気だからつらいだけではないはずです。例えば、入院していることによって他者に自由に会えないし、自由に出歩くことができないことがつらいと言う患者さんはむしろ多数であると思われます。入院中の患者さんは「早く家に帰りたい」と強く願うものです。また、小児疾患の子どもたちは「学校に行けない」「友達に会えない」ことが何よりもつらいことになる場合もあると思います。
このように病気がもたらすつらさ、それは必ずしも病気そのものからもたらされるだけでなく、入院という環境の制約や検査や治療の苦痛、あるいは医療者との人間関係からももたらされるものです。それらをひっくるめて患者が抱えるつらさをサファリング(suffering)と言います。
病気だからつらいのではなく、つらいから病気なのです。
医療者は、「病気だからつらい」にあまりに慣れ親しんでしまっているように思われます。だからこそ「何がつらいのですか」と問わなくなってしまっているのでしょう。
(もちろん、その通りに問うたら、患者から「病気だからに決まっているだろう」とお叱り受けそうである。それだけ病気は「つらい」のである)
しかし、「何がつらいのか」に今一度戻ってみることもときには必要ではないでしょうか。なぜなら「病気だからつらい」は、病気そのもののみにフォーカスが当たっています。しかし、何がつらいかは病気がその人の生活や人生に影響を及ぼした結果、つらさが露呈するのです。だから「つらさ」はその人の独自のものとなるはずです。
おそらく人文社会科学の貢献は、病気によるつらさがどのような社会的変数の中で存在するのか、「単に病気を患う患者の苦悩」ではなく、「目の前の〇〇さんが病気を患い苦悩の中にいること」を理解することにあるのではないでしょうか。
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『サファリング(suffering)とは?』



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