伝える準備

ナラティブ・語り
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本稿は、ナラティブ研究会での検討資料となったエッセイです。記載内容は個人情報保護の観点から、背景・状況・属性等を一部改変し、複数事例を再構成しています。

理学療法士として急性期病院に勤務して数年が経った。理学療法士は医療職の中でも患者さんと接する時間が長い職種である。平均2〜3週間程度、毎日20〜60分程度、同じ患者さんと顔を合わせ接する。入職当初は、患者さんの回復に向けて、「頑張ろう、頑張れ」と前だけを見て臨床業務に取り組んでいた。
途中で気づいたことは、患者さん全員が最初からリハビリに積極的であるとは限らないことだった。実習で経験した疾患は、比較的予後良好であることが多く、前向きな患者さんが多かった。実際は、交通外傷や脳血管疾患による重度片麻痺などにより、障害受容ができていない状態でのリハビリスタートも少なくない。また、心不全の症状により入院した患者さんでは、運動制限についての指導が必要な場合もある。

理学療法士として、人として、自分がどうやって人に接しているのか、悩むことが多い。リハビリ中の患者さんからの一言や背景から、「どんな言葉を、どんな風に伝えたらよいのか」と感じた出来事について、3つ書かせていただこうと思う。

1つ目は、初対面の緊張感。

初めての患者さんに挨拶する際、扉またはカーテンを開ける前に、今でも緊張する。1年目の頃、ある高齢女性Aさんの担当になった。初回のリハビリへ伺った後、離床を手伝っていただいた担当看護師さんから「Aさんが『リハビリの人が厳しそうで不安』と言っていたよ~」と言われた。
「厳しそう」と初めて言われ、何がそうさせてしまったのだろうと振り返った。

Aさんは腹部症状で安静・疼痛が強い状態であり、離床時に「痛い」と言われたことから、私は落ち着きなく、誰かに助けを求めたくてきょろきょろしていた。難聴があり、大きな声で話しかけることに必死になり、淡々と必要なことだけを、さらに早口で伝えてしまっていたような気がする。Aさんの顔色やバイタルに著変はないかなどに必死になり、自分の表情はずっと硬く、余裕がなかったはずだ。特に問題なく離床できたにもかかわらず、Aさんが安心する言葉を一つもかけていなかった気がする。

思い返せば、厳しそうと言われる理由はいくつも浮かんだ。離床に協力的で、前向きに取り組んでいるAさんに、リハビリの時間を嫌だと思わせてしまったらどうしようと不安になった。私の指導者には、「挙動不審になっとるよ」とよく言われていた。この時も報告すると、「落ち着いてやったら大丈夫よ。離床できたんやけん」と言われた。

言葉も動きもゆっくりと、自分が焦って余裕がなくなることは考えられる限り避けようと、かける言葉も準備して、Aさんのリハビリを数週間ほど行った。Aさんのリハビリ最終日には、「明日からリハビリがないのが寂しい」と言われた。初回のリハビリでは何を話したか思い返そうとしたが、何も話していなかったのだ。

体調の変化はもちろんであるが、患者さんの気持ちの部分も聞きながらリハビリをしていかなくてはと、改めて考えるきっかけになった。自分の緊張や不安な気持ちは、自分が思う以上に相手に伝わっているということを実感した。

リハビリに関する職種に就きたいと思った原点として、患者さんと関わる時間が長く、患者さんの気持ちに寄り添いながら、目の前の患者さんに何が必要なのだろうか、何ができるかと回復の手助けをしていく部分に魅力を感じたはずであったのに、自分から壁を作るところであった。単なる機能回復ではなく、その人らしさやその人自身を知ることで、Aさんの場合でも多職種連携の機会が増え、理学療法評価やプログラムの幅も広がっていくことを実感できた。

2つ目は、傾聴。

高齢男性Bさんの担当となった時、私にできたのは、これしかなかった。転落により骨盤骨折となった患者さんであった。入院時より多弁で、自分の訴えを繰り返し、ベッドから起き上がろうとする行動も頻回に見られ、精神科の介入となった。

手術後、移乗、自走ともに自立レベルとなった。しかし、「もう帰れる」「病院に入院するお金がない」「早く何もなしで歩く練習をしてください」と多弁は変わらず、訴えが続き、医師や看護師の言葉も聞く耳を持たなかった。独居であることから、ご家族の希望や院内カンファレンスを経て転院することとなったが、ご本人は受け入れられず、リハビリ中にも毎日「転院しない」と言われていた。

様々な職種でカンファレンスを行い、障害受容のプロセスとして回復への期待の段階と判断し、精神面を考慮したプログラムを再立案し、対応を統一した。障害の受容を強要せず、歩きたい気持ちを尊重しながら、「とりあえず今は車椅子で移動する」ことを提案し、いら立ちの感情を刺激しないよう、リハビリの最後に免荷式歩行リフトでの歩行練習を取り入れた。移動の練習=歩行練習、車椅子自走=目的地へ行くための手段とした。

リハビリには積極的で、歩行練習のみを希望していたが、歩行練習以外も実施できるようになっていた。しかし、転院日には「家に帰れますから」と言われ、予定時刻より大幅に遅れての出発となった。私は傾聴するばかりで、言葉として伝えられたことはほとんどなかったが、何ができたのかと今でも考える。

3つ目は、生活環境は多様であること。

糖尿病教室を担当させていただいているが、これがさらに難題であった。事前にカルテでどのような患者さんか確認し、思いつく限りのパターンを考えていくが、緊張から解放されることはない。30分程度のアンケートの間にどのくらい話を聞き出せて、この患者さんのために何ができるのか、教育入院から患者さんの行動を変えられるヒントはないかを考え、難しすぎると行き詰まった。

決まったセリフだけでは乗り越えられるわけもなく、運動の必要性をただ伝えるだけになってしまっていた。指導者の助け舟があってこそ、なんとかなるアンケートであった。患者さんへの生活スケジュールについてのアンケートでは、「運動はちょっと……」と言われる場面に多く遭遇する。

患者Cさんの場合では、起床直後や夕食前に散歩を続けられており、より効果を得るために食後30〜60分後に行うことを提案したが、「それは無理よね」と不機嫌にさせてしまったことがある。よくお話を伺うと、「飼い犬が毎日同じ時間に散歩に行きたいと誘ってくるから、その時間じゃないとだめ」と話された。Cさんは近年、配偶者を亡くし、飼い犬が中心の生活となっていた。

私は自分を中心に考えてしまっていた。食事の時間をずらすなど他の方法もあるはずであるが、何も考えず、定型に当てはめたように、伝えたいことだけを伝えようとしていたことに気づき、情けない気持ちになった。「それは無理よね」と言われた瞬間、どうしてより効果がある方法でしてみないのだろう、どうしてすぐに無理と言ってしまうのだろう、せっかく教育入院をしているのに、と勝手に想像し、Cさんに共感しようとしておらず、その余地もなかった気がする。

お話を伺い、理由が分かって初めて、自分の中の「この人はこんな人だ」という縛りが解けた。Cさんが嬉しそうに飼い犬の話をされており、少しCさんが分かったことで、「では、こんな方法はどうでしょうか」という話につながった。どこか無意識に、分かったつもりになっている自分に気づいた。

長年の友人と過ごしていると、きっと相手はこう考えている、だから次はこう来ると、勝手に自分の中で考えている自分がいる。一方で、絶対に仲良くなれないだろうと思う、タイプの違う人と関わるときには、おっかなびっくりで付き合い始めたはずなのに、その人のことが分かった時の喜びは大きい。患者さんの問診をする上でも、各々の生活は多種多様であり、他者の視点に辛抱強く寄り添うことを意識するようになった。

目の前の患者さんに、「どんな言葉を、どんな風に伝えたらよいのか」と、その場その場の緊張に掻き立てられる。なぜ緊張するのか、書き出してみることにした。初めて会う人だから。指導者が近くで見ているから。先輩たちみたいになりたいと思うから。既往歴が複雑だから。患者さんを不安にさせないようにしたいから。いくつか書き出して、ふと出てきたのは、「どんな展開になるかわからないから」という、どうしようもない理由であった。

多種多様な患者さんに対して、事前に言葉を準備しておくことは難しい。目の前の患者さんにどんな言葉を選ぶか、なぜ伝えなければいけないのか、知識も伝え方もまだまだ未熟で、持ち合わせていないものばかりである。どんな展開になるかわからないことに緊張して悩んでもきりがなく、「明日はこうやって伝えてみよう」「こんな言い回しの方が伝わるかな」と、積み重ねていこうという考えになった。

「どんな展開になるかわからない」と書いてみて、気づくことがある。疲れているとき、停滞しているとき、悩んでいるときこそ、書くことで振り返り、思い込みを減らせる気がしている。これからも多くの患者さんに出会い、知らない環境に出くわしていくと思うが、理学療法士として携わる中で、「どんな言葉を、どんな風に伝えたらよいのか」と考え続け、患者さんのリハビリを、もう一押し後押しできたらと思っている。

本稿は個人情報保護のため、背景・状況等を一部改変し、複数事例を再構成しています。

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