エッセイとナラティブ

ナラティブ・語り
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本ブログでは、セラピストのエッセイの記事を読むことができます。
今回はエッセイとナラティブについて考えます。

エッセイ(essay)とは、筆者自身の体験・感情・考えをもとに表現される作品のことです。
「エッセー」と呼ばれることもあり、日常の出来事や心の動き、ふとした気づきなどを、自由な形式で表現できるのが特徴です。

ナラティブ・語り(narrative)は、語る者の来歴(生きてきた経緯)や彼/彼女らを取り巻く社会的な状況(文脈)から、ある場合は苦しみの、ある場合は喜びの表現として語られるものです。

つまり、エッセイの中には数々のナラティブが存在します。

エッセイとは?

語源はフランス語の「essai(試み)」で、「考えを試す」「思考を書き留める」といった意味を持ちます。
この語源が示す通り、エッセイは完成された答えや結論を提示する文章ではありません。
考えてる途中の気持ちや、揺れ動く感情そのものを言葉にするその”未完成さ”や”個人性”こそが、エッセイの本質です。

エッセイの特徴

エッセイの最大の特徴は、「正解」や「評価基準」が存在しないことです。
文章の上手さよりも、「その人らしさ」や「正直な視点」が価値になります。

その他の特徴は以下の通りです。

  • 明確な結論がなくてもよい
  • 起承転結に沿っていなくても成立する
  • 短文・長文どちらでも書ける
  • 事実と感情が混ざっていても問題ない

といった、自由度の高いジャンルとして知られています。

※ここまでの内容は、株式会社しまうまプリント様のHPを参考にしました。

エッセイとナラティブの整理

観点エッセイ(essay)ナラティブ・語り(narrative)
基本定義筆者自身の体験・感情・考えをもとに自由に表現される作品語る者の来歴(生きてきた経緯)や社会的文脈の中で語られる経験の表現
中心にあるもの筆者の思考の過程・感情の揺れ経験がどのように生きられ、意味づけられたか
目的考えをまとめること自体/書く行為そのもの文脈や心理・社会的背景をもとに理解を深める
結論必須ではない必須ではない
構成自由(起承転結に沿わなくてよい)時間的流れや出来事の連なりが重視されやすい
個人性非常に高い(その人らしさが価値)高いが、個人+社会的文脈を含む
文脈との関係個人の内面が中心個人の来歴+社会・関係性・文化

上記の表は、筆者自身の個人の見解です。
エッセイとナラティブは共通点が多く、どちらが優れているというものでもありません。

本ブログのエッセイ

本ブログでは、多くのエッセイを投稿しています。

  • 『理学療法士として、”もやもや”を抱えて臨床に立つ』
    • 私が書いたエッセイで、臨床の中で感じるもやもやを文章にしています。
  • 『医療者と患者:二足の草履を履く私』
    • 田中祐介さんのエッセイ。普段は理学療法士として働かれている一方で、脳腫瘍を患われておられます。病いによる体験や経験、日々考えていることを文章にしてくださっています。
  • 『伝える準備』
    • 若手理学療法士のエッセイ。正解がない臨床での出来事を、その時の自分の行動や態度、思いを振り返ってまとめてくれています。「伝えたいけど、うまく伝えられない」多くの医療者が経験する出来事です。
  • 『”あたり前”を失うこと』
    • こちらも若手理学療法士によるエッセイ。大好きだった祖母が生活者から患者になった出来事を振り返りながら、”あたり前を失う”とはどういうことなのかという問いについて考えてくださっています。

エッセイとナラティブ研究会

私たちのナラティブ研究会では、医療従事者のエッセイを共有して、参加者でコメントし合いながら、ナラティブについて理解を深めてきました。

そういった場は未だに希少だと思います。

実際にエッセイの執筆者や参加者から、
「自分のもやもやを文章にすることで、気持ちを整理することができた」
「自分も同じようなことで悩んでいた」
「Aさんの人となりを知ることができた」
など多くの感想をいただきました。

今後もエッセイを通じてナラティブを深めていけたらと思っています。

まとめ

エッセイは、書き手が自分の体験や感情、考えを文章にするものであり、その中には、必然的に複数のナラティブが含まれています。

本ブログで扱っているエッセイを読んでいただくことで、
臨床や生活の中で生じた違和感や迷い、言葉になりきらない感覚を、一度立ち止まって見つめ直すためのきっかけになると思います。

今後もこのブログでは、エッセイという形式を通して、医療の中にある多様なナラティブを、急がず、丁寧にすくい上げていきたいと考えています。

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