病者から患者になるとき

文化・医療人類学
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前回、「儀礼的な象徴(symbol)」として、
医師が白衣を着るといういうことについて解説しました。

今回は、「儀礼(ritual)を引き合いに出して、
病いの社会的な意味について考えていきます。

病者から患者になるときとは、
入院という儀礼によって与えられているといえます。

儀礼とは何か?

「儀礼」は普段耳にしない言葉であると思います。
一方で、実際には人生の中で多くの儀礼を経験しています。

儀礼のポイントは、
実際的な効果のない動作の繰り返しにより構成されていることです。

例えば、毎晩歯を磨くことは儀礼ではありません。
そこには、口腔内を清潔に保つという身体的な効果があります。

毎年の初詣はどうでしょうか?
これは、「儀礼」に含まれます。
初詣自体に実際的な効果はなく、
日本社会で共有されている価値観を表現しているといえます。

儀礼の種類

非常に多くの儀礼がある中で、
人類学者は大まかに3つのタイプに分類しているようです。

  • 年中行事
    時間的な流れのなかで行われる行事。初詣もこれに当てはまります。
  • 通過儀礼
    社会的移行時期に行われる儀礼。これが今回のテーマである入院という儀礼に当てはまります。
  • 危機儀礼(機会儀礼)
    不幸な出来事が起こった際に行われる儀礼。不幸時には「お悔やみ」のしるしとして香典を包み、不祝儀袋に入れて贈ります。祝儀とは異なり、折り目は上向きにし、不幸を溜め込まないようする。これが危機儀礼に当てはまります。

病院の儀礼

入院は社会的移行の通過儀礼といえます。

図1 社会的移行の儀礼としての入院

病者に対して「入院」という儀礼を通じて患者
患者には「治療」という儀礼を通じて回復し健康になった人
回復し健康になった人には、「退院」という儀礼が実施されます。

この儀礼には、患者から日常生活を奪い、治療に従っていただくという過程も含まれています。この通過儀礼も関係して、病気は生理学的な異常であると同時に、医療における病人は社会的な逸脱ともいえます。

病院は、図1に示すような社会的移行の儀礼がなされる場であるとみなすことができます。
入院をする患者さんは日常生活から離れ、社会的な変化を強いられ、とても気持ち的にも不安定な状態に置かれることとなります。

医療者が自覚しておくべきこと

入院は通過儀礼を通じて、社会的に不安定な状態を作り出します。

  • 「病衣に着替えた瞬間に、自分の役割が消えた気がした」
  • 「ベッドに寝た途端、家のことを考えてはいけないように感じた」

患者さんが自分自身のあいまいで異常な社会的ポジションに不安や心配を感じているには、
入院に伴うこのような社会的側面の存在を十分に自覚しておく必要があります。

今回の文脈から入院、治療、退院という通過儀礼に伴う社会的変化を意識することで、
普段の臨床での患者さんへの声掛けや態度が変わってくると思います。

入院したのだから、医療に従っていただくという構造は、
社会的に作られたものであり、医療者と患者関係で前提とされていますが、
その社会的ルールが全ての方に当てはまるという前提にするには、それは脆弱であると思われます。

まとめ

今回、儀礼(ritual)という視点から、病いがもつ社会的な意味について考えてきました。

入院は、単に治療のための手続きではなく、
病者が日常生活の文脈から切り離され、「患者」という社会的役割へと移行する通過儀礼として機能しています。
その過程で、生活のリズムや家族内での役割、将来への見通しは一時的に保留され、
患者さんはあいまいで不安定な社会的ポジションに置かれることになります。

私たち医療者にとって、
「入院したのだから治療に従ってもらう」という関係性は前提として存在しています。
しかしそれは、自然に成立しているものではなく、
医療という制度の中で社会的に構築されてきたルールの一つにすぎません。

入院・治療・退院という一連の通過儀礼に伴う社会的変化を意識することは、
患者さんの言動や不安を理解する手がかりとなり、
日々の声かけや関わり方を見直すきっかけになると考えます。

病いは生理学的な異常であると同時に、
その人の社会的な立ち位置や関係性を不安定にする出来事でもあります。
そのことを自覚しながら臨床に向き合う姿勢が、
医療者と患者の関係性を、よりよい方向へと導いてくれるのではないでしょうか。

【参考文献】

  1. セシル・G・ヘルマン 著(2018)『ヘルマン医療人類学』,辻内琢也 監訳,金剛出版.

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