家族のナラティブを知ること

ナラティブ・語り
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患者さん本人だけではなく、
医療の現場では、家族の情報に触れることは非常に重要です。

病状や検査結果とは別に、
どのような仕事をしてきたのか、
家庭の関係性はどうなのか、
そうした話題は、一見すると病気の次の情報として扱われがちです。

しかし、人類学者の先生方と議論していると、
それらは背景情報ではなく、
病いがどのように経験されているかを形づくる要素であることに気づかされます。
病気になる前から続いていた家族関係。
仕事を通して築いてきた立場。
家庭の中で、引き受けてきた役割。
それらは、発症や入院をきっかけに突然消えるものではなく、
むしろ病いの経験と絡み合います。

医療者が日常的に行っている聞き取りは、
どうしても「今の生活が成り立つか」「支援が可能か」という視点に寄っていきます。

一方で、人類学的な視点は、
何がつらさや苦悩となって、サファリングとして現れてくるのかを理解しようとします。
家族のナラティブを聞くということは、
支援のための情報を集めることにとどまりません。

言い方を変えると、
支援のための情報を集めようとしてしまうと、
かえって、支援のために重要な語りを聞くことができなくなるのかもしれません。

目の前の患者さんの人生を本人、家族のナラティブから想像して対話する。
医療者と患者関係において大切になってくるのではないでしょうか?

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