医療で語られるリスクとは

内省・関わり
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普段の臨床で、「リスク」という言葉を使用する機会は結構多いのではないでしょうか?

私は理学療法士なので、
「Aさんは、足関節の背屈が弱いので転倒のリスクが高いです。安静度に関しては、慎重にいったほうがいい」や
新人理学療法士に「Bさんは心房細動の不整脈があるので、リハビリ中に頻脈になると心原性脳梗塞のリスクが高まります。十分に注意してリハビリをすること」など
「リスク」という言葉を使っています。

さらに医療全体について考えると、
生活習慣病は「サイレントキラー」であり、
心筋梗塞や脳梗塞のリスクを大幅に高めると説明をしたり、

ピロリ菌は、萎縮性胃炎の進行や胃がん発症のリスクが約5倍になるため、
診断・除菌治療と定期的な内視鏡検査が推奨したり、

積極的に健康を害するリスクを減らすように統計的な根拠を用いて、
使用されています。

医療現場で「リスクが高い」と言うとき、
私たちは何を伝えているのでしょう。


危険性について、
注意喚起、
それとも「行動を変えるべきだ」というメッセージなのでしょうか。

医療で語られるリスクとは何か

リスクという言葉の来歴

「リスク(risk)」という言葉は、もともと医療のために生まれた概念ではないようです。
17世紀頃の英語で確認されており、語源的にはフランス語 risque、イタリア語 risco など、商業や航海の文脈で使われてきた言葉だとされています。

その背景には、岩礁や断崖といった「危険に晒される状況」を指す語感があり、
当初のリスクは「損失や危害が生じるかもしれない状況」そのものを表す、かなり感覚的な言葉でした。

18〜19世紀になると、リスクは保険や経済の領域で使用されていきます。
火災、事故、死亡といった不確実な出来事を、確率として計算する。
この過程で、リスクは「測定可能な不確実なもの」として扱われるようになりました。

この転換により
リスクは、避けるべき危険であると同時に、計算し、管理できる対象へと変わっていきました。

疫学と統計がつくった医療語彙

20世紀に入り、疫学や統計学が発展する中で、
このリスク概念は医療の領域に本格的に取り込まれていきます。

「ある期間に、ある集団の中で、特定の疾患がどの程度の確率で発生するのか」。
この疑問に答えるために、リスクは極めて便利な言葉でした。

喫煙、高血圧、糖尿病、心房細動といった要因は、
「リスク要因」として整理され、
それらをどれだけ持っているかによって、将来の疾患発症の確率が示されるようになります。

こうしてリスクは、
単なる「危ないかもしれない」という感覚的な言葉から、
統計的に算出され、比較され、説明される医療語彙へと変わっていきました。

医療現場で私たちが日常的に使っている「リスクが高い」という表現は、
この長い言葉の変遷の上に成り立っているといえます。

リスクが前提にしている価値観

リスクが医療の中で使いやすい言葉になった理由のひとつは、
それが数値として示せる、という点にあります。

発症率、相対リスク、オッズ比。
異なる人や集団の状態を、同じ尺度で比較できる。
どの介入が効果的か、どこに資源を集中させるべきかを判断するうえで、
この「比較可能性」は大きな力を持っています。
私自身も臨床研究をするうえで、前述した統計的数値を使用しています。

一方で、ここにはひとつの前提があります。
それは、測定できるものを基準に意思決定するという価値観です。

数値で示されるリスクは、
説明しやすく、共有しやすく、合意を得やすい。
医療者同士の連携や、患者さんへの説明においても有効に機能します。

しかし同時に、
数値にしにくいもの
不安の強さ、生活背景、関係性の複雑さ
そうした要素は、判断としては脇に追いやられやすくなります。

「将来のために今を変える」という論理

さらに、医療におけるリスクは、しばしば予防と結びついて語られます。

「今は症状がなくても、将来のリスクが高い」
「だから、今のうちに生活を変えましょう」

この語りは、多くの場合、善意に基づいています。
将来の発症や重症化を防ぐことは、
本人にとっても、社会にとっても望ましい。

ただし、ここで使われているリスクは、
単なる情報ではなく、行動を方向づける言葉でもあります。

何を食べ、
どれだけ動き、
どのように日常を管理するか。

リスクは、「選択の材料」であると同時に、
「望ましい行動像」を提示する役割を担っています。

個人に返されるリスク

自己管理という前提

とくに生活習慣病や慢性疾患の領域では、
リスクは個人の生活や選択と強く結びつけられます。

喫煙、運動不足、食生活。
それらは「リスク要因」として整理され、
リスクを下げることが「本人の努力」に委ねられます。

ここで起きているのは、
リスクが個人の責任として捉えられていきます。

もちろん、すべてが自己責任だと言いたいわけではありませんが、
しかし、同じリスクの語りの中で、
社会的条件や環境要因が語られることは、多くありません。

リスクという言葉は、
自己管理という前提に立っているといえます。

「高リスク」と名づけられること

リスクは、個人の状態を説明する言葉であると同時に、
しばしば「集団」の属性として表されます。

高齢者はリスクが高い。
基礎疾患のある人はリスクが高い。
特定の生活習慣をもつ人はリスクが高い。

こうした表現は、医療や公衆衛生の場面ではごく一般的であり、
対策や資源配分を検討するうえで重要な役割を果たしています。

一方で、
「高リスク」と名づけられること自体で、
その人たちの生き方や振る舞いを方向づけていく側面もあります。

まとめ

ここまで、「リスク」という言葉が医療でどのような過程で使用されるようになったかを概説しました。

「リスク」という語句は、元々は感覚的なものとして扱われてきました。
それが、文明の発展と世界の流れの影響を受け、
科学的で根拠のあるものとして扱われるようになりました。

さらに。「リスク」は、未来の可能性を表しているだけではなく、
それを予防するために「どう行動するべきか」という自己管理というメッセージを与えています。

そして、そのメッセージに応答できない方々を暗黙のうちに自己責任として捉えてしまう危険性を持っています。。

普段の臨床使う「リスク」という言葉の規範的なメッセージを心に留めておく必要がありそうです。

【参考文献】

  1. Wikipediaより引用(2026年2月1日)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF
  2. Conti AA, Conti A, Gensini GF. The concept of risk in medicine: historical and epistemological reflections. Minerva Med. 2010 Feb;101(1):59-62. PMID: 20228721.

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