数値は改善しているのに、満足していないように感じる

ナラティブ・語り
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臨床をしていると、

血液データや身体機能は明らかに改善しているのに、

患者さんは満足していないように感じる。


そんな経験はないでしょうか?

これも、

医療者と患者の異文化コミュニケーション

の一つだと思います。医療者と患者の文脈が違うために起こるズレだと思います。

生活者から患者になるということ

患者さんは、生活者として社会で日常を送っています。

身体の具合が悪くなり、病院を受診し、

検査を受け、病名の診断があり、治療が必要になる。

その結果、生活者は「患者」になります。

医療者は患者になってからを基準にする

現代では、予防医学が定着されつつありますが、

一般的には、病名に対して治療やリハビリテーションが行われます。

つまり、医療者は「患者になってからの状態」を基準にして治療を進めます。

この際、生活背景を聞き取りはするものの、血液データや身体機能は、

どうしても、「患者になってから」が基準になってしまいます。

患者の基準は「病気になる前の自分」

ここで、ズレが生じます。

・患者さんの基準は、病気になる前の生活者としての自分

・医療者の基準は、初めて出会ったときの患者さん

この時間軸のズレが、

数値は改善しているのに、満足していないように感じる要因の一つではないでしょうか?

「元の生活に戻りたい」という目標は高すぎるのか

このように考えてみると、

患者さんが持っている、

「病気になる前の生活に戻りたい」という目標は、

高すぎる目標なのでしょうか?

病気自体がつらいわけではありません。

病気になって、できていたことができないことがつらい。

病気というレッテルを貼られるのがつらい。


そこに患者さんの苦しみがあります。


医療者自身の数値的な満足を超える。
そんな目標が医療者には必要なのかなと、
ふと考えます。

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