ナラティブで大切なこと

ナラティブ・語り
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ここまで、医療やナラティブ、文化・医療人類学について、いくつもの文章を書いてきました。
振り返ると、扱っているテーマは多様に見える一方で、何度も同じ場所をぐるぐると歩いているような感覚もあります。

今日は、それらを整理するというよりも、
このブログで、これからも大切にしていきたい点をまとめます。

もやもやの答えを示す場所ではない

医療の現場で生じるもやもや
このブログは、そのもやもやの原因について、すぐに回答できません。

医療者間、医療者と患者、患者と家族に生じる問題は、
関係性や社会・文化の中で複雑に絡み合っておきます。

すぐに答えを出すことは不可能であり、
解釈として薄い内容となります。

そのため、すぐに解決できない内容を、
多方面から考え、理解しようとする場所にしたいと思っております。

医療者としての自分を内省する

医療者としての知識や常識は、
臨床において非常に重要な反面、
生活者としての文脈を見えなくしてしまう可能性があります。

医療者としての自分をあたりまえだと思うことなく、
医療者と患者さんのあたりまえは異なることを自覚します。

そうすることで、
患者さんの語りを医療者よがりな解釈としてしまう可能性を低くすることができます。

役に立つかどうかを考えすぎないようにする

ナラティブや医療人類学は役に立つのか。
現場で使えるのか。
すぐに実践できるのか。

そう質問されることがあります。

けれど、このブログでは、
日々の臨床で起こるナラティブを見つめ直すことを大切にしています。

読んだあとに何かが解決しなくても、
少し考え方が変化したり、
患者さんの苦労やつらさの理由に近づけたり、
自分の関わり方を振り返るきっかけになったらいいなと思っております。

記事のどれもが「完成形」ではありません

ここに書かれている記事は、
どれも確定した結論ではありません。

臨床や対話、研究会での議論を通して、
これからも考えや形は変わっていくものと思います。

だからこそ、
過去の投稿と矛盾することもあるかもしれません。

それも含めて、
ナラティブを残す場所でありたいと考えています。

おわりに

このブログは、
ナラティブを通じて医療を見つめ直す場所にしたいと思っております。

これからも、
わかりにくいことが多々あると思いますが、
一緒に考えていけたらと思います。

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