現象学は臨床でどう役に立つのか

読書メモ

今回取り上げるのは、 Phenomenology in Primary Care: Integrating Phenomenological Insight Into Clinical Practice and Research です。プライマリ・ケアの実践と研究において、現象学の視点がどのような意味をもちうるのかを簡潔に示した短い論考ですが、患者の経験をどう理解するかを考えるうえで、とても示唆に富んだ内容だと感じました。

私なりにまとめてみました。

今回の論文のキーワードになるのは、「エポケー(判断停止)」です。
臨床現場における「エポケー(判断停止)」とは、
医療者が無意識に採用している客観的・定量的な視点を意図的に「括弧入れ(一時停止)」することを指します。これを行う目的は、客観的なデータや既存の枠組みだけでは十分に捉えきれない、患者の日常生活における「あたりまえ」や主観的な「病の体験」へと立ち返るためです。

臨床でエポケーを生かすというのは、医療者が当たり前のように置いている見方を、いったん脇に置いてみることなのだと思います。

たとえば、検査結果ではうまく説明しにくい症状がある患者さんに出会うと、
どうしても「原因は何か」「どうすれば改善できるか」という方向に考えが向きやすくなります。
もちろんそれは医療者として大切な視点ですが、
それだけではうまく関われないと感じる場面もあります。

そういうときには、その人にとって大切なことは何か、どのような暮らしを送りたいのかに目を向けてみることが必要になるのかもしれません。すると、治療や支援の目的そのものが少し違って見えてくることがあります。

また、医学的に説明のつきにくい症状に向き合うときにも、エポケーは一つの手がかりになります。
患者さんを単に「原因不明の症状をもつ人」としてみるのではなく、その症状を抱えながら生活している一人の人として理解しようとすることです。
そのためには、医療者自身の思い込みや決めつけをせず、対話の中で意味を考えていく姿勢が求められるのだと思います。

複雑な事例で対応に迷うときほど、
「自分は何を前提にこの人を見ているのだろうか」と振り返ることにも意味があるように感じます。つまり、自分自身をしっかりと見つめ直す視点です。
生物医学的な見方だけでは捉えきれないものがあります。

エポケーは、特別な技法というより、わかったつもりにならずに、ニュートラルな立場でその人の文脈に近づこうとすることとして理解すると、少しイメージしやすくなるのではないでしょうか。

【参考文献】

Yokota Y, Son D, Sakakibara T, Nishimura Y, Taniguchi S.
Phenomenology in Primary Care: Integrating Phenomenological Insight Into Clinical Practice and Research.
Journal of General and Family Medicine. 2025; 0:1–2.
DOI: 10.1002/jgf2.70074

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