ある日、暗い顔で疲れているようにみえる医療者を見かけました。

元気がなさそうだけど、何かあったの?

最近、仕事がしんどくて。
何か理由があるというわけではないんですけど。
話を聞くと、
業務が忙しすぎるとか人間関係というわけではないけど、仕事に来るのが辛いときがあるとのことでした。
その医療者は、人柄が良く、患者さんにもとても優しい方でした。
「よい医療者」と言われるような人です。
そんなこともあり、疲れている表情を見たときは少し驚きました。
詳しいことに関してはお聞きしていないのでわかりませんが、
私自身が感じていることがあります。
それが、
よい医療者=よい医療やケアを提供できる人
とは一概にいえない文化があることだと思います。
臨床にいると、
・膨大な業務をいかにこなすか。
・業務内で患者さんにどれだけリハビリテーションを提供できるか。
・書類業務をいかに効率よく終わらせるか。
このような業務をこなす能力も必要になってきます。
医療を業務としてみた場合、
そこを改善させることは、効率化や仕組み化をすることで可能になるかもしれません。
一方、
よい医療やケアを提供するということは、
効率化や仕組み化によって時間はできますが、
それが必ずしも改善にはつながりません。
そして、
評価もしにくい傾向にあると思います。

前置きが長くなりましたが、
医療者が疲れてしまう要因の一つとして、
忙しい業務を効率化・仕組み化し、よい医療やケアを提供しなければならないという負荷や困難さ、
そして、よい医療やケアは評価として現れにくいという問題があるからではないかと考えています。
そうした難しさの中で、医療者は知らず知らずのうちに疲れていくのかもしれません。
感情労働という問題が注目されている昨今、
いかに業務をこなすかということに着目するのではなく、
よい医療者を俯瞰して考え、
医療とケアの質を患者さん側からの視点ではなく、
病院、医療者側の視点から、見つめ直す必要があるのではないかと思います。
その一つとして、
ナラティブや人文科学が大いに活用できると私は考えています。
※ここで書いたことは、あくまで私自身の経験や問題意識をもとにした個人的な見解です。



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