医療における文化人類学という学問

文化・医療人類学

「文化人類学を知っていますか?」

医療者のみなさんは、
そう聞かれてなんと答えますか?

殆どの方はご存じないかもしれません。

実際、
中本氏は、医療者教育の文脈において
「文化人類学自体の受講生における認知度が非常に低い」と述べ、
看護学校における初回講義で「文化人類学という学問を知っているか」と問いかけても
「ほとんど手が上がらないのが実情」である
としている。

※文化人類学・医療人類学については過去の投稿で解説しております。
▶️『医療人類学とナラティブ』

医療者や医療教育における、
文化人類学や医療人類学を含む社会科学に期待が寄せられる一方で、
馴染みのない学問であるという問題も生じています。

今回、文化人類学や医療人類学の解説ではなく、
身近に感じてもらえるために、フィールドワークの有効性について記載します。

フィールドワークの重要性

人類学の基本である参与観察(査者自身が対象となる社会集団やコミュニティの中に入り込み、生活や活動を共にする中で、内部からの視点で行動や文化を観察・記録する定性的な調査手法)は、他者のフィールドに入ることです。

対象の場(フィールド)で研究を行うことから、
フィールドワークと呼ばれ、
人類学にとっては「当たり前」の研究法であり、
必要不可欠な要素になっています。

フィールドワークの重要性について、
中本氏の論文を参考に考えます。

まず1つ目は、病者や医療者の経験の全体性に近づけることです。
中本氏は、
人が病む経験や病者の説明モデルを理解するには、生活の中でその経験をみていく必要があり、
「病者の経験の全体性を理解するためのフィールドワークを行うことは有効」だと述べています。

2つ目は、医療者と患者のあいだで見えにくくなっている部分を届けられることです。
医療者と患者はそれぞれ役割の中で出会うため、
互いの経験や実践の一部が見えにくくなるとされ、
そのためフィールドワークの成果は相互理解に有効だと位置づけられています。

3つ目は、医療の常識や自分の前提を相対化できることです。
フィールドで得られた事例や声に触れることで、
将来の医療者が、自分たちの知識体系や実践の根拠を当然のものとしてではなく、
問い直して考える視点を持てるようになる、と論じています。

フィールドワークの重要性は、
病いやケアの経験を抽象的な知識としてではなく、生活の文脈の中で全体的に理解できる点
にあります。

また、医療者と患者のあいだで見えにくくなっている経験に気づくことができ、
医療や医療者としての前提そのものを問い直すきっかけにもなります。

※今回の記事には、
多くの過去の記事とのリンクを貼っています。
このことからも、フィールドワークが、
ナラティブや人類学において非常に重要であることがわかると思います。

卒然教育としてフィールドワークの時間がない

人類学の重要性が理解されている中で、
学生時代のカリキュラムを考えたとき、
実際には、フィールドワークをゆっくり行い、
じっくりと考える時間は、なかなか見つかりません。

そんな中で、
実際にフィールドワークするのではなく、
講義の中で人類学が扱う事例を紹介することは可能だと考えられます。

しかしながら実際は、
「どこか遠くで起こっている出来事のように受け取られている」
と中本氏は指摘しています。

私自身も、初めて『病いの語り』を読んだとき、
現実に起こっていることとして理解することが難しかった記憶があります。
臨床にでると、そうでないことに気づくのですが、、、

このような問題に対して、
身近な出来事として、感じてもらうためには、
やはりフィールドワークが必要になってくると考えられます。

卒然教育でタネを蒔いておく

以前、人類学の先生が、
「学生時代に人類学を理解することは難しい。でも、種は蒔いておくべきである。」
とおっしゃっていたことがありました。

確かにその通りで、
医療の現場は、まさにフィールドワークです。
卒然教育にかかわらず、人類学を知らない臨床の方々も、できるだけ早めに触れておくべきだと考えています。

一つは、
研究や教育、専門臨床に特化した医学の文脈が中心になる(良くも悪くも)フィールド

もう一つは、
地域医療やへき地医療などの、
生活者(患者)を主体とする構図で、
フィールドは地域にも広がり、医療者側がそのフィールドに参加する必要があります。

いずれのフィールドにしても、
人類学のフィールドワークという研究手法は役立ちます。

フィールドワークは医療だけに制限されず、
多様な価値観に触れることがキーになると思っています。
自分の当たり前とは明らかに違う何かに居合わせたとき、


自分の常識を疑い、相手や地域の常識や文化を理解しようとする心構え


それができれば、文化人類学という学問を
より近くに感じることができると思います。

まとめ

文化人類学や医療人類学は、医療者にとってまだ十分に身近な学問とは言えない課題があります。
しかし、病いやケアを生活の文脈の中で理解しようとするとき、そこで重視されてきたフィールドワークの視点は、臨床に深く関わります。

患者さんの経験を、
医療者自身の前提や、医療の常識で捉えないこと、
そして、医療者と患者さんのすれ違いに気づくこと。
そのために、フィールドワークは大きな意味をもっています。

卒前教育の中で、十分な時間を確保することは簡単ではありません。
それでも、人類学的な視点にふれる機会を持つことには意味があると言われています。
すぐに理解しきれなかったとしても、その経験は、のちに臨床の中で間違いなく、
つながっていくはずです。
それは、現場で働いている医療者にも当てはまると思います。

医療の現場は、日々さまざまな人の語りや価値観に出会う場所です。
だからこそ、文化人類学や医療人類学の視点は、学者や研究者だけではなく、
現場の医療者にとっても確かな実践知になりうるのだと思います。

【参考文献】

  1. 中本剛二.医療人類学の実践―フィールドワークと医療教育.Bulletin of Osaka University of Pharmaceutical Sciences.2015;9:5-12.

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