人類学者はフィールドワークといって、
研究対象の現場(フィールド)に直接足を運び、
観察や聞き取りを通じて肌で感じる生きた情報を得ようとします。
その際、特定のコミュニティに入り込み、人々の生活や文化を観察・記録します。
そのため、対象集団あるいは対象者への理解を深め、本音の情報を引き出すためには
信頼関係(ラポール)構築
が重要になります。
それでは、信頼関係の構築には、何が必要か?
人類学者の浮ヶ谷は、
異文化理解(他者理解)という問いが横たわっている
と述べています。
今回は、信頼関係構築に向けて、異文化理解について考えていきます。
他者理解への深い洞察
異文化に生きる他者と信頼関係を構築しなければならないという問題を、
コミュニケーション・スキルの問題と読み違えたり、
「共感」という言葉でわかったつもりになったりすると、
他者理解への深い洞察が見えにくくなります。
人類学者の浜本は、
「異文化理解は『原則的』には不可能である。しかしそれは「実際上』は可能であった」
と述べています。
異文化理解という不可能性を前提として、異文化の差異を「ズレ」として捉えるということです。
臨床において、「理解できない」ことに遭遇したとき
そもそも、理解などできないという前提に立つことから始めるのです。
そして、自分の価値観とは違っていたとしても、彼らの価値観を尊重しようする態度が重要です。
つながれる可能性を感じる
人類学者のフィールドワークでの態度は、
相対化:自文化の価値観を絶対視せず、異なる文化をその文化特有の文脈(歴史や環境)の中で理解しようとする態度のこと
であると言われています。
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「医療者がもやもやを感じたとき」
「相対化」という考え方は、単にそれぞれの違いを認め合うというレベルでは収まりません。
すべての文化は対等であり、外から見た価値観によって優越をつけられるものではなく、ある文化で正しいとされていることが、別の文化では間違っているということは日常茶飯事です。
「相対化」は、異文化ではあるが、どこかでつながれるということを含意しているのです。
医療者と患者の文化のつながりを模索する
人類学者の先生は、医療者と患者の関係を見て、異文化コミュニケーションと感じたようです。
医療者が患者を理解することは、原理的には不可能。
しかし、実際上は可能。
お互いのズレを認識して、すり合わせること。
他者理解の道を諦めないことで、相対化のその先にある
つながりが見つかるのだと思います。
ズレているのだから、
視点を変えてみてみたり、
周囲の方々に話を聞いたり、
「あなたを知りたいという気持ち」を持ち続けること。
あたりまえに聞こえるかもしれませんが、信頼関係構築への道です。
まとめ
人類学におけるフィールドワークが示しているのは、
信頼関係の構築とは、技術や態度の問題以前に「他者理解という不可能性」を自覚することです
異文化理解は、原理的には不可能です。
しかし、その不可能性を前提にしながらも、他者とのズレを認識し、相対化し、なお関わろうとすることで、実際上は可能になります。
臨床において「理解できない」と感じる瞬間は、おかしなことではありません。
むしろそれは、医療者と患者が異なる文化であるために必然です。
そのズレを消そうとするのではなく、
- 視点をずらし
- 文脈に目を向け
- 「あなたを知りたい」という姿勢を持ち続けること
その先に、相対化のさらに先にある文化のつながりが見えてきます。
医療者が患者を完全に理解することはできない。
それでも、理解しようとし続けること。
その態度こそが、信頼関係構築の本質なのだと思います。
【参考文献】
- 浮ヶ谷幸代:医者と人類学者とフィールドと.文化人類学研究,2022,23:78-90.
- 浜本満:「文化相対主義の代価」『理想』.627:105−121.



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