「リスクを自覚せよ、そして適度に心配せよ」

内省・関わり

「リスクを自覚せよ、そして適度に心配せよ」

この言葉は医療人類学者の磯野真穂さんの論文より引用したものです。
現代の予防医学が患者さんに無理な要請をしているのではないかという問いを的確に表しています。

磯野先生は、心房細動によってリスクが増大する心原性脳梗塞について、
エビデンスとナラティブの視点から論じています。
「リスク」に関しては、こちらもご覧ください。

以下は論文を参考に記載しております。

心房細動患者の脳梗塞発症率は心房細動がない人の4.8倍になるとされています。
心房細動がない人と心房細動患者の2年間の脳梗塞発症率は、
前者が1000人中10人、後者が48人となります。

そして、抗血栓療法を行うことで、この48人の発症が64%減ることになり、18人になります。
すなわち、この場合の発症率は1.8%で、心房細動がない人の発症率である1.0%までリスクを下げることができます。

一方で、抗血栓療法には、血を固まりにくくする副作用があり、大出血という合併症のリスクが存在するのです。

ガイドライン上、医師は心房細動患者に対して、抗血栓療法を選択する場合が多く、
この論文では、患者さんに医師がナラティブを使用して説明しているという点に着目して、ナラティブの効果や役割について分析していました。

医師は患者さんに説明する際、心房細動により脳梗塞となった著名人を直喩として出し、抗血栓療法の必要性を説明していました。

また、抗血栓療法の作用に関しては、
臨床でもよく使っている「血液をサラサラにする」という喩えでした。

そして、抗血栓療法のリスクである大出血に関しては、
「血液ドバドバ」などと喩えはせず、
「血が止まりにくくなる」、「出血しやすくなる」といった、
直接的な説明をしていました。


つまり、上記の3つのリスクを異なる3つのナラティブを使用して患者さんに説明していました。

医療的に正しいと思われる方針に関しては、比喩を用いて強いナラティブで説明し、
大出血という新たなリスクに関しては、血液をサラサラにするという明るい情景を想起させるナラティブを使い、不安を煽りすぎないようにしていました。


このように、私たち医療者は、エビデンスとナラティブを融合した形で臨床にあたっています。

私自身、この論文を読みながら、
「特別なことが書いてある」というよりも、
ああ、これを私たちは日々やっているなと感じました。

たとえば、

  • 転倒のリスクを説明しながら、安静による機能低下を避けたいとき
  • 圧迫骨折の痛み悪化の危険性を理解しつつ、離床を勧めるとき

その場で使う言葉は、いつも同じではありません。

患者さんが何を怖れているのか。
どこまでなら受け止められそうか。
私たちは、その場の空気や優先事項を感じ、考えながら、
ナラティブを選んでいるのだと思います。

一方、患者さんは、医療者の説明をそのまま受け取るわけではありません。
自分の生活や価値観の中で、
「どのリスクを、どこまで引き受けるか」を考えています。

「リスクを自覚せよ、そして適度に心配せよ」という言葉は、
簡単なようで、とても複雑。


そして、その「適度さ」を
普段の臨床で、医療者が伝えようとしているのでは?と考えたりしています。

ぜひ、皆様も磯野真穂さんの論文を読んでみてください。医療のナラティブに関して、とても考えさせられる内容です。
コメントやメッセージをお待ちしております。

【参考文献】

磯野真穂,上田みどり:脳卒中のリスクを伝える‧脳卒中のリスクと暮らす–⼼房細動に対する抗⾎栓療法の現場での医師と患者のリスクのナラティヴ.コンタクトゾーン.2018;10:118-142.http://hdl.handle.net/2433/232961

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