青木 卓也

ナラティブ・語り

文学を処方する——リタ・シャロンが指摘する”薄い理解”の危うさ

内科医であり文学研究者でもあるリタ・シャロンは、安易な患者理解を「薄い(thin)理解」と呼びます。文学的読解の訓練が臨床の「厚い理解」につながるというナラティブ・メディスンの核心を、トルストイの作品とともに考えます。
研究会の記録

認知症ケアをめぐる「医療化」—研究会メモ

今回のナラティブ研究会では、認知症者に対する家族介護者の対応をめぐる研究発表がありました。議論の中で繰り返し話題になったのが「医療化」という概念です。医療化(medicalization):以前ならば人生の苦悩(生老病死)や道徳的な課題(狂...
内省・関わり

国家試験の日に、なりたいセラピストを考える——臨床を経験してきて感じること

今日は理学療法士・作業療法士の国家試験の日だったようですね。試験会場に向かう学生たちの様子がSNSでたくさんアップされていました。緊張や不安、そんな気持ちだったなとふと思い出しました。せっかくの機会ですので、セラピストになるということを国家...
内省・関わり

医療のユニフォームを脱ぐときー患者として医療に

ここ数年、何度も経験している子どもの発熱(私自身もよく体調を崩します)。これは、医療職に限ったことではないと思いますが、やはり職場に申し訳なさを感じます。そして、担当する予定だった患者さんにも申し訳なさを感じます。病院で勤務している私は早退...
ナラティブ・語り

脱線する語りが教えてくれることー生活者の語り

臨床で患者さんの話が、途中で脱線したり、同じところを何度も行き来するような経験はありますか?普段の時間に余裕がない臨床の中では、「このままではいけない。必要な情報を聞き取らないと」なんて考えたりすることがあると思います。また、自分が聞きたか...
文化・医療人類学

「自己モニタリング」の実践とは?

自己モニタリング(セルフモニタリング)は、いくつかの分野で注目され、それぞれの分野でさまざまな思想や概念で表されています。広義の定義としては、「自分が行なっている行為や思考の展開や状況を自分自身が見守っていること」としています。一方で、看護...
ナラティブ・語り

病いと不幸の物語

心身の不調を説明する特徴として、なぜ、どのようにその人が病気になったかということが、「物語/ナラティブ」の形で語られることがほとんどです。「病気の物語」を語ることは病気に「意味」を与えるという役割を持っています。特に個人的な苦しみの物語は、...
読書メモ

「ふつう」ってなんだろう-病気と健康のあいだ-を読んで

本日は、『「ふつう」ってなんだろう 病気と健康のあいだ』(講談社現代新書)を読んだ感想です。筆者は、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授で社会学者で、神経内科の専門医でもある美馬達哉先生です。本書の中では、馴染みのある疾患や、初めて聞く疾...
質的研究

質的研究の理論的飽和とは?

質的研究は理論的飽和となるまでインタビューやアンケートを続ける。質的研究に関して「理論的飽和」という言葉を耳にすることがあると思います。今日は、この「理論的飽和」について、簡単に解説します。質的研究と量的研究の大きな違いの一つがサンプル数の...
内省・関わり

「リスクを自覚せよ、そして適度に心配せよ」

「リスクを自覚せよ、そして適度に心配せよ」この言葉は医療人類学者の磯野真穂さんの論文より引用したものです。現代の予防医学が患者さんに無理な要請をしているのではないかという問いを的確に表しています。磯野先生は、心房細動によってリスクが増大する...