「自己モニタリング」の実践とは?

文化・医療人類学

自己モニタリング(セルフモニタリング)は、いくつかの分野で注目され、それぞれの分野でさまざまな思想や概念で表されています。広義の定義としては、「自分が行なっている行為や思考の展開や状況を自分自身が見守っていること」としています。

一方で、看護の領域でも統一された概念としては使われていません。
そのため、慢性疾患ごとに自己モニタリングが表す概念が検討されています。

黒田は、下記のように自己モニタリングを定義して糖尿病における概念を検討しています。

自己モニタリングとは、「自己の行動や症状、状況、データなどを客観的、意図的に観る、見守ること」

黒田久美子:糖尿病患者の自己管理における自己モニタリング.千葉看会誌,3(2),1-9,1997.

自己モニタリングは、特に慢性疾患において注目されており、自己の状態を明確に把握できるようになることから、長期の自己管理に役立つと考えられています。

一方で、医療人類学者の浮ヶ谷は、
医療者にとっては自己モニタリングが、客観的なレベルを意図しているが、
患者にとっては、単に身体機能を客観的に理解することとは捉えていないと指摘しています。

「自己モニタリング」という実践は、治療実践というレベルを超えて「病気である自分」との向き合い方まで深まっている実践となるのである。
したがって、「自己モニタリング」という行為は、治療者にとっては「客観的、意図的に観る、見守る」という客観的なレベルを意図していても、患者にとっては「自己と向き合う」という生の根源的な問題をも含意する、極めて存在論的な経験となっているのである。

浮ヶ谷幸代 著(2004):『病気だけど病気ではない 糖尿病とともに生きる生活世界』,誠信書房,pp21.

ここでいう存在論的な経験とは、
病気によって「自分という存在」の土台が揺さぶられている体験と言えると思います。

  • 生き方として間違っていたのか
  • 病気になった私は、これまで通りの私でいれるのか
  • これまであたりまえだった生活は、もうあたりまえでなくなるのか

病気の治療ではありませんが、
私たちが、健康診断を受けるとき、
その結果は、私たちにどんなメッセージを与えているのでしょう。

  • 現在のところ異常はありません
  • 異常が見つかりました。注意して生活してください
  • 医療機関を受診してください

それは、ただ単に正常・異常という客観的なデータだけではありません。
異常値が出たとき、
異常値が出る前と身体症状は変わっていないにも関わらず、
「自分との向き合い方や考え方、行動を変化させてください」というメッセージを与えているのではないでしょうか。

実際に、私自身、健康診断で異常値が出た際は、
「気をつけるようにしよう」
というだけではなく、
「私の日常の何がダメだったのか」
「このまま同じ生活をすることができるのか」
色々と考えました。

浮ヶ谷先生は、特に慢性疾患においての自己モニタリングは、
自律性自己(自分の決めた目標や規範に基づき、判断して行動すること)」
主体的自己(自分自身の意思で行動し、結果に責任をもつこと)」

という概念が前提とされていて、
糖尿病においては、
「血糖コントロールが悪いのは、こうした自己が確立されていないからである」
という論理になっていると指摘しています。

私たちが普段よく使用する「自己管理が大事です」という医療者のメッセージは、
良かれと思っての言葉であり、伝えるべきものであると思います。
一方でその言葉は、
患者さんにとって「生活を振り返って、正しく生き直しましょう」というメッセージとして届くことがあります。
自己モニタリングが存在論的な経験になりうるなら、
自己管理という語の重さを自覚した上で、
私たちは今一度、患者さんに伝える文脈や影響を考えるべきだと思います。

【参考文献】

  1. 丸野俊一:心の中のスーパービジョン.現代のエスプリ,314,9-24,1993. 
  2. 黒田久美子:糖尿病患者の自己管理における自己モニタリング.千葉看会誌,3(2),1-9,1997.
  3. 浮ヶ谷幸代 著(2004):『病気だけど病気ではない 糖尿病とともに生きる生活世界』,誠信書房,pp21.

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