一人の学生が暗い夜に外を歩いていました。ある道門で、リハビリテーションの研究者と臨床家が地面に這いつくばって何かを探していました。聞くと、一人が鍵を落としたのだといいます。学生が、「どの辺りに落としたか覚えていないのですか」と問うと、彼らは、「多分、この通りの真ん中あたりだったと思うんだけど…」と言いました。当然ながら、学生は、「じゃあ、なんで通りの真ん中を探さずに、この四つ角を探しているのですか」と聞きました。2人の返答は、「でも、この四つ角にしか街灯が照ってないからね」でした。
Spencer JC: The influence of qualitative methods in rehabilitation : Issue of meaning, of context and of change. Arch Phys Med Rehabili 74: 119-126, 1993.
この寓話は、リハビリテーション研究で起こりやすい理論と実際の乖離について表しています。数々の研究成果がリハビリテーション分野で発表されていますが、もしかすると、「見えやすい場所」や「測りやすい場所」で鍵を探している今回の例えのように、本当は探すべき場所を探すことができていないのかもしれません。
本当に探しているもの(問題の本質)は、明るくて見えやすい場所にあるとは限らないということです。
ここからは、質的研究の方法論を「生きられた・主観的な経験(lived experiences)」に焦点を当てて整理してみます。
- 何を明らかにする研究か
数や量ではなく、当事者の思考・感情・信念・態度・認識、そして人間関係や社会的相互作用を通して、健康・病い・リハビリの意味を理解します。 - 研究の目的
あらかじめ立てた仮説を検証するのではなく、対象者の語りや経験から新しい視点や見方(概念・モデル・理論)を生み出すことにあります。 - 研究の進め方の特徴
研究開始前から、研究計画が緻密に練られている量的研究とは異なり、帰納的・解釈的で、デザインは柔軟に途中で変化することがあります。質的な分析を進めているうちに結果が見えてくる過程に合わせて研究計画を調整することがあります。私自身も、インタビューのたびに分析を重ね、その都度、インタビューガイドの変更を議論しました。 - データ収集方法
個別インタビュー、グループインタビュー、参与観察などで、必要に応じて量的研究と組み合わせることもできます。 - リハビリテーションにおける質的研究の必要性
リハビリテーションの効果や成果は、身体だけでなく例えば、痛みの捉え方や生活上の意味、家族や職場との関係性、動機づけなどに左右されるため。患者や家族の声を聴くことで、実践の改善に直結しやすい特徴があります。
今日、質的研究の方法論も多数あり、質的な内容を数値化したり、見える化する方法もあります。一方で、質的研究の役割は、量的研究を否定することではなく、量的研究だけでは照らしきれない場所に光を当て、鍵のありかを見定めることにあります。
質的研究は、患者さんや家族の語りのなかにある、言葉になりにくい経験や迷い、身体感覚の変化、関係性を丁寧に扱います。
もちろん、質的研究には時間がかかり、理論も難解な部分もあり、結論が単純なものとして落とし込めないことがほとんどです。それでも、リハビリテーションというものが、患者さんの生活や人生に踏み込んだものであるためには、街灯の明かりの部分から離れ、鍵が落ちているであろう場所に歩みを進めていくことが臨床のセラピストに求められるのかもしれません。
【参考文献】
- Spencer JC: The influence of qualitative methods in rehabilitation : Issue of meaning, of context and of change. Arch Phys Med Rehabili 74: 119-126, 1993.
- 沖田一彦:理学療法における質的研究の実際.理学療法ジャーナル 37(3):216ー224,2003.



コメント