多職種からなる専門職のアイデンティティ

内省・関わり

医療や介護の現場には、多職種が勤務しており、それぞれが専門性を持って働いています。
専門職が患者さんにとって最善と考えられる対応をしています。

そんな中で、
どこからどこまでをどの職種が担当するのか。

この業務は・・・の仕事である
この業務は・・・の仕事ではない

そんなことを考えたり、同僚と話したり、あるいは、他の職種に伝えたりしたことはないでしょうか?このことについては、法律や省令、各専門職が定めた指針等があります。一方で、臨床の現場では、多職種が協力して、可能な範囲で助け合いながら業務に当たっています。今回、考えてみたいのはそんなときに生じる臨床におけるアイデンティティの「もやもや」です。

専門職の「もやもや」に輪郭を与えるために、
私たちは文脈を整理しながら、自身のアイデンティティを考えているように思います。

業務における境界線については、一見すると業務分担のように見えます。
一方で、臨床においては、
「これは専門職としての業務になるのだろうか」
そんなことを感じることがあると思います。

リハビリの帰りにちょっとした買い物に寄ったり、
リハビリ終わりに検査や診察に行ったり、
リハビリ時に体重を測ってほしいと頼まれたり、

勤務地によって決まり事があると思うので、当てはまらないこともあると思いますが、このような何らかの普段の業務とは別のことをすることになり「もやもや」することはあると思います。

文脈により専門性が出てくる

そんなとき、その「もやもや」の捉え方。

リハビリ終わりの買い物はIADLを見るうえで有用
検査や診察室への移動は活動量の増加につながる
体重に関しては栄養管理の面からも把握する必要がある

このように専門職としての文脈をまとわせることで専門職としてのアイデンティティを保とうとすることがあるかもしれません。
一方で、専門職の文脈として成り立たない場合は、断ることも出てくると思います。

それが良いか悪いかではなく、文脈に依存していることに目を向けることが大切だと思っています。

文脈の背景にある境界

そして、その専門職としての文脈の背景には、いくつかの境界が存在するのではないかと思います。

  1. 責任の境界
    責任という観点からも、リスク管理は非常に重要です。その内容が、自分(専門職)が行っても問題ないのかが境界の基準になります。
  2. 価値の境界
    それは専門性を発揮できる事柄なのか。あるいは、ただの雑務になってしまっているのか。職種としての信念や納得が存在します。
  3. 関係性の境界
    頼む・断るという行為が、相手との関係性を変えてしまうことがあります。
  4. 自分自身の境界
    引き受けたいと思う自分と、専門職としての線を保ちたいと思う自分がいます。

このような境界を判断材料の一つにしているのではないでしょうか?あるいは、同僚に相談するこ際、これらの境界を踏まえた対話になっている可能性が考えられます。

文脈を整理する=自分自身のアイデンティティを保つ

業務内容の境界は、
自分自身のアイデンティティを保つという文脈のうえで、
決定されているのではと感じることがあります。

「責任」「価値」「関係性」そして「自分自身」

同じ出来事でも、どの文脈で捉えるかによって、感じ方や対応が変わってしまう。
この事により、職場内であっても、個人ごとに対応が違うという事象が起こるのだと思います。
そして、その整理の過程は、専門職としての自分自身のアイデンティティの形成に繋がっているのではないでしょうか?

専門職ごとの信念

現場には、助け合いが存在します。
一方で、そこには専門職としての境界も存在します。
その両方に重なっている不安定な「もやもや」を感じているとき、
専門職としての自分自身を見つめ直すきっかけになっているのかもしれません。

専門職内、職場内における規定等で正解は作られているかもしれませんが、
今回私が注目したのは、そこではなく、そんな文脈で専門職としての境界を捉えているかということです。

多くの職種が働くということは、それぞれの職種特有の信念が存在します。

今後も、アイデンティティに関する「もやもや」を感じたときには、
文脈を整理したうえで、
自分自身の専門職としてのアイデンティティを再考してみたいと思います。

関係性の葛藤についてはこちらの記事を↓
『人間関係の葛藤』
専門職としてのあり方に関してはこちらの記事を↓
『出来事から専門職性はどう育まれるのか』

※本稿は、筆者個人の臨床経験にもとづく見解です。特定の職種や現場を一般化する意図はありません。

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