運動、それとも運動療法ー生活の中に運動を取りいれる

ナラティブ・語り

まずは、医療人類学者の浮ヶ谷幸代のアンケート結果をみてほしい。
浮ヶ谷幸代「慢性病者の<病気だけど病気ではない>ーーーIDDMーインスリン依存型糖尿病のアンケート結果から」『第6回研究助成論文集 健康文化』(財)明治生命厚生事業、2000a年、四ー二五頁より

糖尿病者へ「現在、運動療法を試みていますか」という質問に対して、97人中「はい(23人)」「ときどき(36人)」、そして「いいえ(38人)」と答えています。
そして、「ときどき」と「いいえ」と答えた人の声を次のように紹介しています。

  • 血糖はすべてインスリンでコントロール、療法として身体を動かすことはない。
  • 子育てで自然に運動している。
  • 休日に水泳、バトミントンをやっている。これは療法ではない。
  • 療法ではなく、からだを動かすと気持ちがいい。
  • あえて運動療法とは思わない、常に動くようにしている。

「運動療法をしている」とは答えない人が過半数を占めていた一方で、その語りの中には、日常生活の中で身体を動かしている実感や、心地よさを伴う活動が含まれていました。

この結果について浮ヶ谷は以下のように述べています。

専門家が指導する療法を自分の趣味や身体感覚に変換していることがわかる。療法のために運動するのではなく、気持ちがいいから運動するというように、治療義務ではなく快楽を伴う治療実践として選び取っているのである。(中略)治療実践を生活習慣に組み込むことを可能にするのは、個人の生活スペースの優先と快楽の発見という条件が合致したときであり、その結果ハビゥスをずらしていくと同時に、治療実践は治療という目的を消失して飼い慣らされていくのである。

浮ヶ谷幸代:病気だけど病気ではない―糖尿病とともに生きる生活世界.東京:誠信書房,2004.pp88-90.

ハビゥスとは、家庭や学校、地域、仕事などの中で長い時間をかけて形づくられる、無意識的な習慣や行動の傾向のことです。詳細については、リンクをご参照ください。

この指摘は、糖尿病者の生活世界を論じたものですが、運動や活動を患者さんに勧めるさまざまな臨床場面にも通じるように思います。

入院患者さんにセルフトレーニングを指導するとき、あるいは、活動量の低下した外来患者さんに歩行を促すとき。
医療の専門家として、量や頻度や強度をしっかりと説明しているのに、実践してもらえないときを度々経験します。

ふと考えてみると、確かにそこに生活スペースや快楽という要素が含まれていないことがあります。

患者さん自身が率先して、健康活動に取り組んでもらうためには、やることで達成感や爽快感を感じることができること、買い物のときに歩くなど、日常生活の中に、ちょっとした工夫で取り入れることが可能な内容であるとともに、「治療のためにやるべきこと」と強く感じさせない声かけが必要なのかもしれません。

普段使っている、

  • 動かないと歩けなくなりますよ。
  • 周りの患者さんは一生懸命歩いていますよ。

そういった声かけでは、もしかすると継続した実践には繋がりにくいのかもしれません。

運動を生活の中に定着させるためには、それを「運動療法」として強く意識させるよりも、本人にとって自然で心地よい営みとして位置づけられることが大切なのかもしれません。

まとめ

運動を続けてもらうために大切なのは、運動療法として正しく伝えることだけではないのかもしれません。
その人の生活の中に無理なく入り込み、やっていて少し気持ちがいい、これならできそうだと思える形になってはじめて、身体を動かすことは続いていきます。
「治療としての運動」をどう「その人らしい日常の動き」に変えていけるか。そこに、支援の工夫があるように思います。

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【参考文献】

  • 浮ヶ谷幸代:病気だけど病気ではない―糖尿病とともに生きる生活世界.東京:誠信書房,2004.pp88-90.

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