医療におけるナラティブとエビデンス

ナラティブ・語り

医療者になったとき、みなさんは医療に対して、どのようなことを考えていたでしょうか?
新人とベテランの方では意見が異なると思いますが、仕事に慣れてきた医療者の多くは、

医療の現場の複雑さ、不確実さ、正解のあいまいさを強く感じているのではないでしょうか?

今回は、早くからナラティブに関心を寄せてこられた斎藤清二先生「医療における『装備』としてのナラティブとエビデンス」という記事を紹介します。
斎藤先生は、医療を善意だけでは乗り切れない厳しい現場として捉え、その中で医療者に必要なものとして、エビデンス能力ナラティブ能力という二つの「装備」を示しています。
根拠にもとづいて判断する力と、患者さんの語りを聴いて関係を築く力。
その両方があってこそ、医療者は不確実な現場の中で患者さんと向き合っていけるのだ、というメッセージが込められています。

エビデンスとは?

EBM(Evidence Based Medicine=科学的根拠に基づく医療)は1990年代前半に確立され、瞬く間に世界中に広がりました。
エビデンスがもたらした最も大きな功績は、「思い込みではなく、検証された根拠で医療を組み立てる文化」が定着させたことです。

一方で、ガイドラインや論文の結果を「唯一の正解」とみなし、患者の価値観や生活背景が軽視される(エビデンス至上主義)危険があります。
また、「EBM=エビデンスをそのまま患者に当てはめること」と誤解されがちで、本来の「エビデンス+臨床経験+患者の価値観の統合」が実践されにくいというデメリットも生じました。

ナラティブとは?

NBM(Narrative Based Medicine:物語と対話に基づく医療)は2000年代から「EBMだけでは不十分だ」という文脈で徐々に語られ始め、2000年代以降に概念として広まってきたとされています。
NBMがもたらした大きなインパクトは、「データとしての患者」ではなく「物語を生きる一人の人」として見る視点を、医療の中心に戻したことです。

一方で、NBMの課題は、「よいコンセプトなのに、科学性や実務面での扱いが難しい」ところにあります。
極端に行き過ぎると、「科学的根拠より物語を優先する」形になり、非科学的・恣意的な医療に傾く危険が指摘されています。

エビデンスとナラティブ

よく「科学(EBM)か、物語(NBM)か」という対立構造で語られがちですが、それは大きな誤解です。この2つは、患者中心の医療を実践するための「車の両輪」であり、連携して使うべき装備です。

医療者に必要な二つの「装備」

医療の現場は、不確実で、複雑で、予定どおりに進まないことばかりです。
医療者はその中で、判断し責任を負わなければいけません。非常に過酷なのです。

そのような現場で必要になるのが、エビデンス能力ナラティブ能力という二つの装備です。

エビデンス能力とは、臨床判断のために外部の客観的情報を適切に用いる力です。
一方、ナラティブ能力とは、患者さんの病いの語りを聴き、理解し、解釈しながら、適切な関係を築いていく力です。

どちらか一方があればよいということではありません。
根拠だけでは、患者さんの苦しみや思いには届かないことがあります。
逆に、語りだけでは、思い込みや思想に流れてしまうリスクがあります。

だからこそ、この二つは互いを補い合うものとして考える必要があるのです。

EBMの中にも、もともとNBMの視点がある

EBMは、根拠のある医療を機械的に導入することとして誤解されることがあります。
しかし、本来のEBMは、単に論文の結果を当てはめることではありません。

多くのエビデンス、患者さんの意向や価値観、そして医療者の専門的な臨床能力。
この三つを統合して判断することが、EBMの基本的な考え方
です。

そして、患者さんの意向や価値観は、対話なしにはわかりません。
何が辛いのか。
どのような生活をしてきたのか。
何が大切だと思っているのか。

こうしたことは、数値だけでは見えてきません。
丁寧に話を聴くことによって、はじめてわかってきます。

その意味で、NBMはEBMの実践の中に深く含まれているとも言えます。

患者中心の医療のために

NBMは、EBMの不足を補うためだけのものではありません。
患者さんを、単なる疾患を持つ存在ではなく、意志や感情、生活の文脈をもった一人の人として理解する視点です。

そしてEBMは、NBMを科学的に判断する医療専門職としての基盤です。

この二つを切り離さずに扱うこと。
それによって医療者は、正解がひとつではない臨床の中で、患者さんとともに考え、迷い、納得できる道を探していくことができます。

EBMかNBMか、ではなく、EBMとNBMをお互いに補完しながら進んでいく。
それは、患者中心の医療を考えるうえで大切なのだと思います。

そして、何よりも医療者として働くうえで、医療という過酷な世界で生きていくための不可欠な装備であると思います。

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【参考文献】

  • 斎藤清二:医療における「装備」としてのナラティブとエビデンス.季刊ほけかん.2014;62:1-3.
  • 斎藤清二:患者と医療者の物語―Narrative Based Medicineの意義―.理学療法学.2005;32(8):445-449.

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