医学的記載とナラティブの記載

ナラティブ・語り

以下に記載するのは、普段私たちに馴染みのある医学の文脈に寄っています。

医学的記載

70歳代女性

主訴

右上下肢の脱力、歩行困難、構音障害

現病歴

2026年3月中旬午前7時頃、自宅で朝食準備中に右上肢の力が入りにくいことを自覚した。その後、右下肢にも脱力が出現し、歩行が不安定となった。家族がろれつ不良にも気づき、午前8時30分に救急要請し当院へ搬送された。来院時、意識は清明であったが、右片麻痺および軽度の構音障害を認めた。頭部MRI拡散強調像にて左放線冠から内包後脚にかけて急性期脳梗塞を認め、入院加療となった。

身体所見(初回評価)

  • 意識清明、JCS 0
  • 血圧 168/92 mmHg、脈拍 84回/分・整、SpO₂ 97%(room air)
  • 軽度構音障害あり、明らかな失語なし
  • ブルンストロームステージ:上肢Ⅲ手指Ⅲ下肢Ⅳ
  • 感覚系:右上下肢に軽度表在感覚鈍麻あり
  • 腱反射:右上下肢でやや亢進
  • 病的反射:右Babinski反射陽性
  • NIHSS 5点

既往歴

  • 高血圧症
  • 2型糖尿病
  • 脂質異常症
  • 心房細動なし
  • 脳卒中既往なし

家族歴

父が脳梗塞の既往あり。母が高血圧症。特記すべき遺伝性疾患の家族歴なし。

入院後経過

入院当日より脳卒中急性期治療を開始した。発症時間および画像所見を踏まえて血栓溶解療法適応は慎重に判断され、本症例では保存的加療の方針となった。抗血小板薬投与、輸液管理、血圧管理を行い、再発予防目的に危険因子の是正を進めた。
入院翌日よりリハビリテーションを開始し、基本動作練習、座位・立位練習、右上下肢機能訓練を実施した。経過中、意識障害の増悪や出血性変化は認めなかった。発症1週時点で右下肢筋力は改善傾向を示し、短距離の歩行練習が可能となった一方、右上肢機能障害は残存した。今後も回復期リハビリテーション継続が必要と判断し、回復期病院への転院調整を進めている。

次に以下はナラティブを意識してまとめた記載です。

ナラティブの記載

リハビリ初回、患者はベッド上でやや緊張した表情をみせていた。意識は清明で、こちらの問いかけにはうなずきや短い返答で応じることができたが、構音障害のため、言葉は少し聞き取りづらかった。右上肢は自力で持ち上げることが難しく、右下肢にも力が入りにくい様子がみられた。

理学療法士が「手足の動かしにくさは、いつ頃からありましたか」と尋ねると、患者は少し間をおいて、
「朝、ごはんの用意をしてたら、急に右手がおかしくなって……お箸が持てんかったんです」
と話した。

付き添っていた娘は、
「最初は手だけかと思ったんですけど、そのあと足もふらついて、しゃべり方も変だったので、すぐ救急車を呼びました」
と説明した。

「いま一番気になっていることは何ですか」と尋ねた。すると患者は、
「歩けんようになるのが困るんです。トイレも人に頼らないといけんのかなと思うと……」
と答えた。
さらに少し声を落として、
「家では私がごはんを作ってたんです。娘にも迷惑かけるし、こんなふうになるとは思わんかった」
と続けた。

「いま、どんなことができるようになりたいですか」と尋ねると、患者は即座に、
「まずは自分でトイレに行きたいです。それと、できればまた台所に立ちたい」
と話した。
療法士が「台所に立つことが大事なんですね」と返すと、患者は少し表情をゆるめ、
「そうですね。料理をしてると、いつもの私という感じがするんです」
と語った。

入院後は抗血小板療法を含む急性期治療が開始され、全身状態は大きく崩れることなく経過した。リハビリ介入の中で、右下肢は徐々に改善傾向を示し、立位や短距離歩行練習が始まった。一方で、右上肢機能の回復には時間を要していた。

数日後、療法士が「歩く練習が少し進んできましたね」と声をかけると、患者は
「足はちょっとましになってきた気がします。でも、手はまだだめですね」
と話した。そのあとで、
「それでも、何もできんままじゃないと思えるだけでも違います」
と付け加えた。

医学的記載とナラティブの記載

上記の2つの記載は架空の症例ではあるものの、同じ対象者を想定して作成したものです。
それぞれの記述を読んだときに受ける印象は相当異なると思います。

医学的記載では、
普段医療者に馴染みのある記載方法で、
病態や症状が簡潔にまとめられていて、病状理解までを短時間で可能にしてくれます。

一方、
ナラティブの記載では、医学的記載のみではわからなかった
病院に来るまで経緯、家庭内での役割、患者さんのdemandや身体回復に伴う認識の変化など
同じ病態であったとしても、一人ひとり異なる背景を知ることができます。

斎藤清二氏は、『ナラティブ・ベイスド・メディスンの実践』の中で、医学的記載とナラティブの記載に関して以下のように解説しています。

(医学的記載とナラティブの記載)どちらがよいとか悪いとかいうことではない。これはちょうど、テーブルの上に置かれた丸い茶筒が、真上から見ると円にしか見えないが、真横から見ると長方形にしか見えないのと似ている。片方はこれを円だといい、片方はこれは長方形だという。その立体像を知るものだけが、両方とも正しいし、かつ、正しくない(本当は円筒であるから)ということができる。

斎藤清二,岸本寛史.ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践.東京:金剛出版,2003:pp141-142.

医学的記載では見えないもの、ナラティブの記載では見えないものを両者が補完することで、
患者さんの全体像が見えてくる
ということだと思います。

そして、
その2つの視点を持つことで、
より個別性の高い患者理解につながるのだと考えることができます。

学会や論文でみかける記載のほとんどは医学的記載です。
それは、症例報告として扱われています。

一方で、
最近ではナラティブの記載も重要視されています。
その一つが事例研究です。

普段の臨床で省いてしまいがちの生の語りを記述することで、
はじめて見えてくるもの、見ることができなかったものがわかることがあります。

病院中心の医療から在宅中心の医療にシフトしている昨今、
私たち医療者に求められているものは、
以下に対象者の病いの語りに耳を傾け、
生活者として人生に寄り添うことだと思います

その一歩目のヒントになるのが、
生の語りを医学的文脈に取り入れるナラティブの視点なのではないでしょうか?

【参考文献】

  1. 斎藤清二,岸本寛史.ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践.東京:金剛出版,2003.

コメント