人生において、
健康診断あるいは、何らかの診断、疾患をきっかけに、生活習慣を見直すよう求められることは少なくありません。
食事を変える、運動をする、仕事の業務内容を調整する、睡眠を確保する。
医療の現場では、それらが「必要な行動変容」として語られます。
けれども、臨床の方々のほとんどが感じているように、
実際にはそれほど簡単なことではありません。
生活習慣は、単なる選択の積み重ねではなく、その人がこれまで生きてきた環境の中で身につけてきた行動や感覚に深く支えられているからです。
フランスの社会学者ピエール・ブルデュー(Bourdieu, Pierre)のいうハビトゥスは、このことを考えるうえで重要な視点を与えてくれます。
ハビトゥスとは、ある階級・集団に結びついた特有の行動・知覚様式を生産する規範システムのことであり、
言い換えると、家庭や学校、地域、仕事などの中で長い時間をかけて形づくられる、無意識的な習慣や行動の傾向のことです。
何を心地よいと感じるのか、どのような食事が普通なのか、どこまで働くのが「あたりまえ」なのか。そうした感覚は、本人の意思だけで自由に選択しているわけではありません。
だから、病気になったからといって、すぐに生活を変えられるとは限りません。
医療者から見れば「変えたほうがよい」と思えることでも、本人にとっては、それまでの暮らし方や人とのつながりを揺るがすことでもあります。
生活習慣を変えることが難しいのは、単に知識や意欲、意志の問題ではなく、
その人が身につけてきた生き方に関わる問題であるからです。
ただし、ハビトゥスはまったく変わらないものではありません。
人は他者との関係の中で生きており、
その関係の中で少しずつ別のやり方に触れ、新しい感覚を身につけていくことがあります。
家族の支えによって食事が変わることもあれば、同じ疾患をもつ人との出会いによって生活の工夫につながるかもしれません。
実際に、患者会などのピア・サポートが、生活再編成の場になることも少なくありません。
また、医療者との関わりの中で、「できていないこと」を指摘されるのではなく、
「今の生活の中で何ならできそうか」を一緒に考えられたとき、変化への足がかりとなることもあると思います。
そう考えると、生活習慣の支援とは、正しい知識を伝えることだけでは足りません。
その人がこれまでどのような「あたりまえ」の中で生きてきたのかを理解しながら、
新しい実践を少しずつ試していける関係性を築くことが重要になります。
生活習慣を変えることが難しいのは、本人の意志が弱いからではありません。
それは、その人のハビトゥスによって培われてきた生き方を調整していくことであるからです。
そしてその変化は、医療人類学者の浮ヶ谷が述べているように、
孤立した個人の努力によってではなく、周囲の人との関係性の中でわずかながら意味や実践にずらしを生み出していくのだと思います。
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【参考文献】
- 寺本桂子:ハビトゥス習得の身体化とはどのようなものか―現代日本における階級上昇を背景として―.21世紀社会デザイン研究.2011;10:149-159.
- 浮ヶ谷幸代:病気だけど病気ではない―糖尿病とともに生きる生活世界.東京:誠信書房,2004.



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