2026-04

読書メモ

読書メモ 三浦綾子『氷点』——違和感の先に広がる、人間の内側

三浦綾子の『氷点』を読んだ。違和感を覚えながらも「こうなってしまうのかな」という想像が膨らむ——人間の内側を丁寧に描いた小説の読書メモ。
ナラティブ・語り

文学を処方する——リタ・シャロンが指摘する”薄い理解”の危うさ

内科医であり文学研究者でもあるリタ・シャロンは、安易な患者理解を「薄い(thin)理解」と呼びます。文学的読解の訓練が臨床の「厚い理解」につながるというナラティブ・メディスンの核心を、トルストイの作品とともに考えます。
内省・関わり

言葉を鵜呑みにするな——シニフィアンとシニフィエが教えてくれること

「もう無理かもしれない」患者さんからそう言われたとき、あなたはどんなふうに受け取りますか。「諦めてしまっている」「気持ちが後退している」——そう理解するのは、自然なことかもしれません。私もそう感じることがあります。でも、大学時代に恩師から「...
ナラティブ・語り

「病院がホームで、自宅がアウェイ」──患者さんの語りが変わる場所と相手

患者さんは相手や場所によって語りを変えます。医療者の前では医学的な言葉に、家族の前では生活の言葉に。Goffmanの「表舞台と裏舞台」という概念から、その変化の意味と、病院という場所の非対称性を考えます。
内省・関わり

「小説を読む同僚は、なぜ温かいのか」──文学と医療の、意外な接点

職場でよく小説を読む同僚は、なぜか患者さんへの関わりが温かい——そんな実感から、文学と医療の接点を探りました。KiddとCastanoの研究、そしてRita Charonのナラティブ・メディシンが、その「温かさ」の正体を教えてくれます。
質的研究

「数分の発表のために」──リハビリテーション領域と質的研究、そして研究会を立ち上げた理由

セラピストの学会や研究会でも、質的研究の発表を見かける機会が増えてきました(私のいる地域ではまだまだですが、、、)。インタビュー調査の結果を分析した発表、研究対象者の例えば患者さんの語りをテーマごとに整理した研究、現象学的な視点で臨床経験を...
質的研究

修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)とは何か──語りの文脈を守りながら、理論を生み出す質的研究法

以前、M-GTAとナラティブの関係について概要をまとめた記事を書きました。→ 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)とナラティブ今回はその続編として、M-GTA固有の考え方と方法論を、もう少し丁寧に掘り下げてみたいと思いま...
文化・医療人類学

アーサー・クラインマンが伝えてくること——患者の経験を中心に置くということ

「家に帰れない。自分の役割を果たせない」新人のころ、患者さんからそんな言葉を聞いたとき、どう応えればいいのかわかりませんでした。膝の痛みは改善している。歩行距離も伸びている。でも患者さんの苦しみは、そこにはありませんでした。「治療はうまくい...
内省・関わり

専門性の意味を、更新していく

役割の境界が動き、求められることが増えていく時代に、プロフェッショナリズムとは何かを考えました。専門家の核心は「守ること」ではなく「自分たちの判断で実践できること」にある。その軸をどこに置くか——理学療法士としての実践から書きました。
内省・関わり

「本当に家に帰って大丈夫?」──退院場面で医療者が抱える不安について

退院を前に不安を感じているのは、患者さんだけではないかもしれない。「本当に大丈夫だろうか」——急性期のセラピストが感じるこのもやもやを、文化人類学の「リミナリティ」という概念で読み解きます。