2026-04

ナラティブ・語り

知識・技術と対話を携えたセラピストになりたい

先日、恩師のご縁でつながっている先生方と、ゆっくり話す時間がありました。臨床を経験して現在は教育者として働かれている方々でしたが、「どんなセラピストをめざしているか」というテーマが、対話のどこかに流れていました。その場では言葉にしきれなかっ...
ナラティブ・語り

患者さんが指示を守れないとき——二つの文脈のすれ違い

「痛みがないってことは、ついても問題ないということではないの?」松葉杖での歩行中、患肢への部分荷重を避けるよう指導していた患者さんが、こう言いました。ごく自然な口調で、でも私にはうまく答えられなかった質問でした。コルセットを強く嫌がる患者さ...
内省・関わり

なぜ医療者にプロフェッショナリズムが必要なのか——「信頼するしかない」という関係の重さ

「先生のことを信じるしかないですから」ある患者さんの言葉です。笑顔で、でもどこか諦めのような印象を受けました。その言葉を聞いたとき、私は違和感を感じました。「信じてもらえている」という安心感ではなく、「信じるしかない」という言葉に思ったので...
内省・関わり

「よくなっていますよ」が届かないとき——病いが人生の物語を断ち切るということ

「よくなっていますよ」と伝えたとき、患者さんの表情がほんの少し曇ることがある。数値は改善しているのに、なぜその言葉は届かないのか。医療社会学者Michael Buryの「伝記的断絶(biographical disruption)」という概念を手がかりに、患者さんが感じている「すれ違い」の正体を考えます。
読書メモ

「半年だからやれる」——ある患者の語りから見えてきた、リハビリへの意欲

リハ意欲は単なる「やる気」ではなく、その人の生活史に根ざしている——そう論じた前回の記事に続き、今回は腕神経叢引き抜き損傷を持つ40代男性患者の語りを解釈学的現象学的分析で読み解いた研究を紹介します。9つのテーマから浮かび上がる意欲の多層的な構造は、臨床における「聴くこと」の重要性を改めて問い直します。
内省・関わり

「この患者さん、なんか苦手かも」と感じたとき、立ち止まれているか

「この患者さん、なんか苦手だな」——そう感じた瞬間、あなたは何を根拠にそう思っていましたか?忙しさ、過去の経験、暗黙の基準……。臨床の判断には、自分でも気づかない先入観が混じっています。いったん立ち止まり、その「なんとなく」の正体を問うことが、患者さんへの見方を少し変えてくれます。
内省・関わり

病気になるのは、患者さんだけじゃない──家族もまた、当事者である

「しっかり治しましょう」と言いながら、複雑な気持ちになることがある。患者さんが大黒柱のとき、入院は家族全員の生活を一変させます。病気の「当事者」は患者さんだけではない——家族もまた当事者であるという気づきから、医療者として何を大切にすべきかを考えます。
読書メモ

苦悩することは、創造性の源泉であるー医療専門家サファリング論

医療専門家も苦悩する——しかしその苦悩は排除されるべきものではない。文化人類学者・浮ヶ谷幸代は、PSW・看護師・成年後見人の3つの事例を通じて、苦悩と向き合うことが新たなケアの術を生み出す「創造性の源泉」になることを明らかにする。エランベルジュの「創造の病い」を補助線に、専門家のサファリングを肯定的に位置づけ直す論考。
ナラティブ・語り

患者の希望と現実のズレー患者の語りを聞き目標設定するには

患者さんの『歩きたい』という願いと、医学的現実のズレ。そのズレそのものを『障害受容できていない』と見なすのではなく、『患者さんは何がつらいと感じているのか』に真摯に向き合うことが、セラピストに求められています。