専門性の意味を、更新していく

専門性の意味を、更新していく 内省・関わり

臨床に立ち続けていると、気づけば仕事の範囲が広がり、境界があいまいになっています。

感染対策、退院支援、後輩への教育、様々な委員会への参加。どれも理学療法士として関わる場面です。それ自体はおかしなことではないと思っています。ただ、求められることが増えるにつれて、「自分は何を軸に動いているのだろう」と立ち止まることが、以前より増えてきました。

役割の輪郭が変わっていく

医療介護の現場は、ここ数年で変わっています。多職種が連携することが当たり前になり、介護職員やその他の他職種もリハビリ的な関わりを担うようになりました。医学の中心においては、AIが診断を補助する場面も出てきています。

こうした変化を目の当たりにして、「専門性が薄れていく、専門性とは何か」と感じることがあります。

プロフェッショナリズムは「守るもの」ではない

社会学者のエリオット・フレイドソンという研究者が、専門職についてこんなことを言っています。専門家の大切なところは、「自分たちの判断で実践できること」だ、と。

「第三の論理(third logic)」と呼ばれる概念ですが、要するに「何をすべきか、自分たちで決められる」ということです。患者さんのために何が必要かを、市場の需要や上司の指示ではなく、専門的な判断で決める。それが専門職の核心にある、とフレイドソンは言います。

この考え方は私たちにも強く響くと思います。役割の境界が変わっても、判断の軸が自分の中にあれば、それは専門性を失うことではないのかもしれない、と思えたからです。

「理学療法士の見方」を持ち込む

様々な委員会での話し合いでも、退院後の生活の調整でも、理学療法士として持ち込めるものがあります。「患者さんがどう動くか」「身体の状態から見るとどうか」——そういった切り口は、他の職種とは少し違う角度にあります。

これはポータブルスキル、つまり「どこでも使える汎用的な力」を身につけることとも少し違うと思います。理学療法士としての見方や感覚を、いろいろな場面に持ち込んでいくことだと思っています。

他職種の特性を理解することも、そのためにあると感じています。医師の視点の中心は、看護師はどう見るか、介護職員はどこに困っているか。それを知ることで、自分の判断がかえって鮮明になる。他社と比較することで自分の当たり前が見えてくるのだと思います。

判断の軸を、手放さないために

私自身が大切に感じているのは、「この信念は、患者さんのためになっているか」を確かめることです。

信念には、メリットもあればデメリットもあります。「患者さんが自分で決めるべきだ」という信念は、自律を支える力になる一方で、患者さんが迷っているときに寄り添いきれないことがあります。「リハビリを続けることが回復につながる」という信念は、意欲を支える言葉になる一方で、患者さんが「もう十分だ」と感じているときに、その声を遮ることがあります。

さらに、自分の信念は他者の信念とぶつかることがあります。医師・看護師・介護職員・家族それぞれが「患者さんのために」という思いを持ちながら、異なる方向を向いている場面は少なくありません。こうした信念対立は、解消すべき問題というより、丁寧に向き合い続けるものなのかもしれません。

だからこそ、「この信念は患者さんのためになっているか」という確認を、立ち止まるたびに繰り返すことが、専門職としての実践の中心にあると感じています。


多職種からなる専門職のアイデンティティ
チーム医療のなかで、セラピストは何をつないでいるのか

【参考文献】

  1. Freidson, E. (2001). Professionalism: The Third Logic. University of Chicago Press.

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