補完代替医療を選ぶとき——医療人類学から考える

補完代替医療を選ぶとき——医療人類学から考える 文化・医療人類学

リハビリテーション科の外来に通う患者さんのうち、約6割が民間療法を現在あるいは過去に利用していた——。

これは、沖田先生が広島県下の病院3施設のリハビリ科外来患者148名を対象に実施したアンケート調査の結果です(2004年)。利用された民間療法の内訳は、電気治療がもっとも多く(54.8%)、ついでマッサージ(38.7%)、そして温泉(29.0%)が第3位でした。

この数字を見たとき、みなさんはどのような印象を持つでしょうか。「思ったより多いな」と感じる方もいれば、「そんなものか」と受け取る方もいるかもしれません。

民間療法は「非合理」なのか

医療者の立場から見ると、民間療法や補完代替医療に対して、どこか懐疑的な視線を向けてしまうことがあります。「効果のエビデンスはあるのか」「病院の治療と併用して大丈夫なのか」——そういった慎重さは、専門家として当然の姿勢だと思います。

ただ一方で、「なぜ患者さんはそれを選ぶのか」という点については、あまり丁寧に考えてこなかったかもしれません。

沖田先生の論文は、この「なぜ」を医療人類学の視点から掘り下げたものです。

医療人類学という視点

医療人類学とは、人間の健康・病気・治療を文化人類学の方法論から研究する学問領域です。アメリカで1970年代に確立され、日本では1990年代から本格的に取り組まれるようになりました。

この学問の根底にある考え方は「相対化」です。現代の科学的医療も、文化的な文脈の中に位置づけられた一つの医療体系である——そう捉えることで、別の医療体系がなぜ人々に受け入れられているのかを、批判ではなく理解の姿勢で見ることができます。

人が代替医療に引き寄せられる理由

沖田先生は大分県の塚野鉱泉という湯治場でフィールドワークを実施しました。そこでは今も、脳卒中や交通事故の後遺症を抱えた方々が、飲みにくい鉱泉水を大量に飲み続けていました。

湯治客が語っていたのは、「宿便が出ることで病気が治る」というストーリーです。医学的に見れば、湯治客が描く「宿便」のイメージは事実とは異なります。しかし沖田先生が注目したのは、そこに含まれる構造です。

民間療法が人を引きつける理由として、論文では以下の点が挙げられています。

  • わかりやすい説明がある。「これを飲めば宿便が出て、体の悪いものが外に出る」という理論は、難解な医学用語よりもはるかに直感的です。
  • 患者同士のコミュニティがある。飲泉場では湯治客同士が体験を共有し、初心者に飲み方を教える場面が繰り返されていました。
  • 回復のイメージが描ける。「悪いものが出た」という感覚が、回復への確信につながっていました。

これらは、現代医療の場でなかなか提供されにくいものでもあります。検査データや画像で示される「客観的な身体」と、患者さんが感じる「主観的な身体」のあいだには、ときに大きな距離があります。

おわりに

補完代替医療を「非合理だから」と退けることは簡単です。ただ、約6割という数字が示すのは、少なくない患者さんが病院の治療とは別の何かを必要としているという現実でもあります。

その「何か」が具体的に何なのかは、患者さんによって異なるでしょう。ただ、「なぜその療法を選んだのか」を一度聞いてみることは、その人の病いの経験を理解する入り口になるかもしれないと感じています。

説明モデル(Explanatory Model)
医療人類学とは


【参考文献】

  1. 沖田一彦, 星野晋(2004).「塚野鉱泉の特異的飲泉パターンに関する医療人類学的考察」.『温泉科学』, 53, 151-161.

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