今日は理学療法士・作業療法士の国家試験の日だったようですね。
試験会場に向かう学生たちの様子がSNSでたくさんアップされていました。
緊張や不安、そんな気持ちだったなとふと思い出しました。
せっかくの機会ですので、セラピストになるということを国家試験から考えてみます。
国家試験は何を証明するのか
- 知識
- 最低限の到達基準
セラピストになるための知識や技術は養成校でしっかりと学んできたと思いますし、
長期間にわたる臨床実習において、医療現場での実践も経験してこられたと思います。
セラピストの養成校は、筆記や実技試験も多く、
国家試験合格も大変ですが、
何よりも国家試験にたどり着くことも生半可な覚悟ではできないと思っています。
そのため、国家試験は恐れるに足りず。
しっかりと勉強して、落ち着いて取り組めば、きっとうまくいくと信じております。
一方で、国家試験を受けて合格しただけでは、「どんな理学療法士になるか(なりたいか)」が決まるわけではありません。
なりたい理学療法士/作業療法士とは何か
現役のセラピストのみなさん、今一度国家試験前の学生に戻っていただいて、
そのときの自分が「どんな理学療法士/作業療法士になりたかったか」を思い出してみてください。
- 技術が高い人?
- エビデンスに詳しい人?
- 患者に優しい人?
- チーム医療の中心にいられる人?
そのときに、考えていた理想のセラピスト像は実現できていますか?
あるいは、追い求めている最中ですか?
きっと素敵なセラピスト像を思い浮かべていたはずです。
臨床に出てから揺らぐもの
- 忙しさ
- 医療者としての正しさを優先する場面
- 効率
- 制度や役割
- リハビリテーション単位数確保
気づけば、
「自分がなりたい姿」ではなく、
「求められる役割」に寄ってしまっているかもしれません。
それを決して否定しているわけではなく、ただ、事実としてあると思います。
今日という日の意味
今日という日は、
受験生ではなく、現職者にとっても。
専門職としての姿勢を見つめ直す日なのかもしれません。
多くを語りません。
今夜、寝る前にほんの少しだけ、
思い描いていた理想のセラピスト像を思い出してみてください。
その理想を完全に実現できていなくても、
心のどこかに持ち続けていること自体が、
すでに専門職としての歩みなのだと思います。



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