対立ではなく、補完し合う関係として考える
「エビデンスのある治療を実施しなさい」
EBMを知らない医療者は現在に置いては皆無だと思います。
根拠に基づいて判断し、より適切な医療を提供していく。これは現代医療において欠かせません。
一方で、臨床ではそれだけでは答えが出ない場面があります。
同じ疾患で、同じような身体機能であっても
患者さんによっては、心配や苦悩も受けとめ方も異なります。
「何がつらいのか」
「この病気になることはAさんにとって何を意味しているのか」
「この先をどう生きていくかを、本人はどう考えているのか」
こうしたことを考えるとき、重要になってくるのがNBM(Narrative Based Medicine:物語に基づく医療)です。
EBMとNBMは、しばしば対照的にとられます。
しかし実際には、どちらか一方を選ぶものではなく、互いを補いながら医療を支える関係として考えるほうが自然です。
なお、EBMとNBMそれぞれの基本的な考え方については、以前の記事でもまとめています。基礎から読みたい方は、あわせてご覧ください。
▶︎[NBMとは何か]
▶︎[EBMとは何か]
今回は、EBMとNBMの違いを踏まえて、両者の関係について考えていきます。
EBMとは何か
EBM(Evidence-Based Medicine)は「根拠に基づく医療」のことです。
1990年代初頭にカナダのマクマスター大学のGuyattやSackettらによって広まり、現在では医療の基本的な考え方の一つとなっています。
ただし、EBMは単に「エビデンスを最優先すること」ではありません。
Sackettらは、EBMを、利用可能な最良の研究情報、医療者の臨床経験、患者の価値観を統合して、個々の患者のケアについて判断することとして示しました。
つまりEBMとは、論文の結論をそのまま当てはめる方法ではなく、複数の要素を組み合わせながら臨床決断を行うためのルールのようなものです。
NBMとは何か
NBM(Narrative Based Medicine)は、患者さんや利用者さんの語りを医療の中心に置こうとする考え方です。
1990年代にGreenhalghとHurwitzによって提唱され、従来の医療では捉えきれなかった主観的経験や人生の文脈に目を向けるものとして注目されてきました。
「なぜ自分がこうなったのか」
「元の生活には戻れるのか」
「家族との関係はどうなるのか」
こうした問題は、単に疾患の重要度や症状では説明できません。
その人の苦悩や希望には、一人ひとりの生きてきた文脈(LIFE)が影響します。
NBMは、それらを医療やケアにとって重要なものとして理解しようとします。
EBMとNBMの違い
一般的にわかりやすく考えると、
EBMとNBMの違いは、何を重視して人を理解しようとしているかにあります。
EBMは、できるだけ信頼できる研究や根拠をもとに、治療や介入を考えます。
一方、NBMは、目の前の一人がその病いをどのように経験し、その病いがどのような意味をもっているかに注目します。
両者は、疾患や病いが与える影響を、客観と主観を極端に見てしまう傾向があります。
だからこそ、片方だけでは不十分なのです。
対立ではなく、補完関係
EBMとNBMは、しばしば「科学的と物語的」という関係性で表されます。
しかし、実際の臨床では、その2つは分かれていません。
エビデンスがなければ、介入の妥当性を支えにくくなります。
一方で、病いの語りを理解しようとしなければ、
その介入がその人にとって本当に望ましいかは見えにくくなります。
たとえば、TKA術後患者に対して、早期歩行練習が有効であるというエビデンス。
これは医学の「当たり前」で重要です。
一方、患者さんは、「痛みがあるのに、こんなに早くに歩いてよくなるはずがない」と考えたりしていれば、患者さんとセラピストの信頼関係は構築できないかもしれません。
そこで、患者さんが何を恐れているのか、なぜ恐れているのかを丁寧に理解しようとすることです。
この部分にNBMの視点があります。
医学の語りと生活の語り(患者さんの語り)は時にすれ違いが起きます。
医療においては、常識的な治療であっても、生活者としての患者にとってはそうとは限りません。
そう考えると、両者は対立するどころか、お互いに歩み寄り、治療や方向性を決めていく必要があります。
EBMのstep4とNBM
私は、EBMとNBMの関係を考えるとき、特に重要なのはEBMのstep4「情報の患者への適応」だと思っています。
EBMに対しては、
・エビデンス至上主義ではないか
・個別性を無視しているのではないか
・文献検索と批判的吟味だけが重視されているのではないか
といった誤解が向けられることがあります。
こうした誤解が生じる背景には、step4が十分に伝えられてこなかったことがあるのかもしれません。
患者に適応するとは、単にエビデンスのある治療を行うだけではありません。
その人の価値観、苦悩、不安、生活背景をふまえながら、
「この人にとって、今どの選択が納得できるか」を一緒に考えていくことです。
そして、そのためには対話が必要です。
共同意思決定(SDM)が必要です。
さらに、その対話を深めるためには、患者さんの語りを受けとめる視点、すなわちNBMが必要になります。
その意味で、NBMはEBMを否定するものではなく、EBMのstep4を補完するための視点として考えられます。
まとめ
EBMとNBMは、対立するものではなく、補完し合うものです。
EBMは、科学的に臨床の決断を進めていくプロセス
NBMは、患者さんの語りに耳を傾け、その人の主観的な病いを理解しようとする考え方です。
EBMだけでは、その人の苦悩や希望を理解することはできません。
NBMだけでは、科学性のある介入を実施することは困難です。
やはり、両者は対立ではなく補完関係にあります。
不確実な臨床の中で、
エビデンスを手がかりにしながら、
同時にその人のナラティブも大切にする。
そうすることで、患者中心の医療やケアの実践があるのではないでしょうか。
【参考文献】
- Greenhalgh T, Hurwitz B. Narrative based medicine: why study narrative? BMJ. 1999.
- Frank AW. The Wounded Storyteller. 1995.
- Charon R. Narrative Medicine: Honoring the Stories of Illness. 2006.
- 小松康宏.EBM(エビデンス・ベースド・メディシン)の進歩:四半世紀.医療の質・安全学会誌.2022;17(3):314–316.
- Guyatt G.EBMとは何か.相原守夫(訳).医学文献ユーザーズガイド:EBMマニュアル.第3版.東京:中外医学社;2015.
- Sackett DL, Rosenberg WMC, Gray JAM, Haynes RB, Richardson WS. Evidence-based medicine: what it is and what it isn’t. BMJ. 1996;312:71–72.



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