NBMとは──物語に基づく医療入門

NBMとは──物語に基づく医療入門 ナラティブ・語り

NBM(Narrative Based Medicine:物語に基づく医療)とは、患者さんが語る「物語(ナラティブ)」を医療・ケアの中心に置く考え方です。1990年代にイギリスの家庭医、グリーンハルとハーウィッツによって提唱されました。

あなたが誰かと話しているとき、本当に「聴いてもらえた」と感じた経験はありますか?

「症状が改善しています」
「このリハビリを続けましょう」

もちろんそれは大切な言葉です。
一方で、患者さんや利用者さんが本当に伝えたいことは、それだけではないかもしれません。

「なぜ自分はこうなったのか」
「これからどう生きていけばいいのか」
「家族に迷惑をかけてしまうのではないか」

そういった、数字や指標には表れない苦悩が、その人の中にはあります。

そのような苦悩に寄り添うための医療・ケアのあり方として、
近年注目されているのがNBM(Narrative Based Medicine:物語に基づく医療)です。


NBMとは何か

NBMとは、
患者さんや利用者さんが語る「物語・語り(ナラティブ)」を医療・ケアの中心に置く考え方です。

1990年代にイギリスの家庭医・グリーンハルとハーウィッツによって提唱されたこの概念は、
従来のEBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づく医療)が見落としがちな「主観的な個人の経験・文脈・価値観」を医療に取り込もうとするものです。


EBMとNBMの違い

EBMは、大規模な臨床試験や統計データに基づいて、
最も効果的な治療法や介入方法を選択します。
これは現代医療の根幹であり、非常に重要なアプローチです。
しかし、人間はデータの集合体ではありません。
同じ病名・同じ状態でも、それぞれの人には異なる人生の文脈があり、
異なる苦悩や希望があります。

NBMはEBMの対立概念ではなく、補完的なアプローチです。
科学的根拠を大切にしながらも、
その人固有の「病いの物語」を丁寧に聴くことで、より人間的で全人的なケアを目指します。

EBMNBM
根拠臨床試験・統計データ患者さんの語り・経験
見るもの集団の傾向個人の文脈・価値観
目指すもの最も効果的な治療の選択その人にとっての意味の理解

EBMとNBMの違い──対立ではなく補完関係


物語を「聴く」ということ

NBMにおいて、
医療者やセラピストが患者さん・利用者さんの語りを聴くことは、単なる「情報収集」ではありません。

病いや障害、困難を体験した人は、その経験を何らかの形で「物語」として意味づけようとします。

「なぜ自分がこの状態に?」
「これは自分の人生に何をもたらすのか?」

そうした問いへの答えを探す作業が、その人の語りには含まれています。

医療者・セラピストがその物語を丁寧に聴き、共に意味を探ることで、
相手は自分の経験を整理して、内省することができます。
これは、治療や訓練とは異なる次元の「回復」のプロセスです。

医療者の「無意識的翻訳」——患者さんの言葉は、どのように聞かれているか

文学研究者のアーサー・フランクは、病いの語りを3つのタイプに分類しました。

  • 回復の物語(Restitution narrative):病気や障害があったが、支援を受けて元の状態に戻る
  • 混沌の物語(Chaos narrative):状況によって日常が崩れ、出口が見えない
  • 探求の物語(Quest narrative):困難を通じて何かを学び、新たな意味を見出す

相手がどの物語の中にいるのかを理解することで、より適切な関わり方が見えてきます。

「昨日より、良くなっていますよ」——看護師の言葉が届いたとき
結末のない語りを、そのまま聞く——ネガティブ・ケイパビリティとナラティブ


ナラティブ・コンピテンシー

コロンビア大学の内科医・リタ・シャロンは、
医療者に必要な能力として「ナラティブ・コンピテンシー(物語能力)」を提唱しています。

これは、相手の語りを注意深く聴き、その物語の構造・時間軸・語られ方・沈黙・感情を理解し、適切に応答する能力です。シャロンは医学生に文学作品を精読させることで、この能力を育てようとしました。

これが「ナラティブ・メディシン」の実践的な教育プログラムです。

物語を読む力は、
目の前の人の語りを聴く力に直結します。
登場人物の内面を想像し、行間を読み、文脈を理解する力が、医療やリハビリの現場で生きてくるのです。
これはセラピストにとっても、とても身近な感覚ではないでしょうか。

文学を処方する——リタ・シャロンが指摘する”薄い理解”の危うさ


セラピストとNBM

リハビリの場面では、
医療者と患者さんが一対一で長い時間を共にすることが多くあります。
その関係性の中には、ナラティブが生まれやすい豊かな空気や場があります。

「なぜこのリハビリをするのか」
「回復したらどんな生活をしたいか」
「今、何が一番つらいか」

こうした問いかけと語りを注意深く聴くことの積み重ねが、
患者さんの意欲や回復に深く関わることを、現場で感じている方も多いはずです。

NBMは、そのような実感に理論的な言葉を与えてくれます。
実は、こうしたことの重要性は言われてはいたのですが、それを説明するタームがなかったのです。
こうした「なんとなく大事にしていたこと」が、
学問的な裏付けのある実践として位置づけられる。

それが医療者やセラピストにとってのNBMの意義のひとつです。


NBMを臨床でどう実践するか

NBMは、特別な技法というより、日々の関わりの姿勢に近いものです。まず大切なのは、開かれた質問で聴き始めることです。「痛みはありますか」ではなく、「最近、どんな様子ですか」——答えの幅を相手に委ねることで、その人の物語が語られる余白が生まれます。

次に、語りを途中で医学的な言葉に置き換えず、最後まで聴くこと。そして「なぜこの状態になったと思いますか」「いま、いちばん気がかりなことは何ですか」と、その人自身の意味づけを尋ねてみることです。

正解のある手順ではありません。でも、こうした聴き方の積み重ねが、検査値だけでは見えなかったその人の文脈を、少しずつ照らしてくれます。


このブログについて

このブログ「LIFEと医療のナラティブ」は、
NBMの視点から医療・ケア・生き方(LIFE)について考えるメディアです。

最新の医学的エビデンスを大切にしながら、
同時に「病いを生きる人の物語」にも耳を傾ける。
そういった双方向の視点で、記事を書き続けています。

医療者・セラピストの方にも、患者さんやそのご家族にも、
また「医療に関心がある」というすべての方にも、
何かひとつでも持ち帰っていただけるものがあれば幸いです。

ナラティブは、あなたの中にもあります。


【参考文献】

  • Greenhalgh T, Hurwitz B. Narrative based medicine: why study narrative? BMJ. 1999.
  • Frank AW. The Wounded Storyteller. University of Chicago Press. 1995.
  • Charon R. Narrative Medicine: Honoring the Stories of Illness. Oxford University Press. 2006.

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