アーサー・クラインマンが伝えてくること——患者の経験を中心に置くということ

アーサー・クラインマンが伝えてくること——患者の経験を中心に置くということ 文化・医療人類学

「家に帰れない。自分の役割を果たせない」

新人のころ、患者さんからそんな言葉を聞いたとき、どう応えればいいのかわかりませんでした。膝の痛みは改善している。歩行距離も伸びている。でも患者さんの苦しみは、そこにはありませんでした。「治療はうまくいっているはずなのに、何かがすれ違っている」——そのもやもやが、ずっと消えませんでした。

あとから振り返ると、あの感覚は異文化コミュニケーションに近いものだったと思います。医療者は「疾患を治す」という文脈で患者さんを見ていて、患者さんは「生活を取り戻したい」という文脈で医療者に向き合っている。同じ場所にいるのに、使っている地図がまるで違う。

医療の現場は実は異文化コミュニケーションである

そのもやもやに輪郭を与えてくれたのが、医療人類学者アーサー・クラインマンの思想でした。


クラインマンとはどんな人物か

アーサー・クラインマン(Arthur Kleinman)は、ハーバード大学の精神科医であり医療人類学者です。1970年代に台湾・中国でフィールドワーク(現地に滞在し、人々の生活に入り込んで調査する研究手法)を行ったことが、彼の思想の原点になっています。

医師として医療の「内側」にいながら、人類学者として医療を「外から」見ようとした。そのユニークな立ち位置から生まれたのが、患者の経験を医療の中心に置くという、彼の一貫したまなざしです。


「疾患」と「病い」——二つの言葉が照らすもの

クラインマンの思想でまず知られるのが、「疾患(disease)」と「病い(illness)」の区別です。

「疾患」は、医師が診断・治療の対象とする生物医学的な異常のこと。検査値、画像、診断名——医療者の言葉で記述されるものです。一方「病い」は、患者さんが生活の中で経験する苦しみそのもの。「家に帰れない」「家族の世話ができない」「自分が自分でなくなっていく」——その人の人生の文脈の中にある苦しみです。

「家に帰れない」という言葉は、疾患の言葉では記述できません。でも、それこそが患者さんにとっての「病い」の中心にある苦しみ——クラインマンはそれをサファリング(suffering:苦悩)と呼びました。疾患だけを治しても、サファリングには届かないことがある。そのことを、クラインマンは丁寧に言語化しました。

「病い」と「疾患」——Kleinmanの中心概念が教えてくれる、医療のすれ違いの構造
サファリング(suffering)とは?


説明モデル——患者と医療者は「異なる地図」を持っている

ではなぜ、すれ違いが起きるのか。クラインマンはその構造を「説明モデル(Explanatory Model)」という概念で可視化しました。

説明モデルとは、「この病気はなぜ起きたのか」「どう治るのか」「何が一番つらいか」について、人それぞれが持っている解釈の枠組みのことです。患者さんには患者さんの地図があり、医療者には医療者の地図がある。この二枚の地図がずれているとき、治療への参加度が下がったり、信頼関係が損なわれたりします。

患者さんの語りは、医療の文脈だけでは理解できません。その人の生活、役割、人間関係——そうした文脈の中で初めて、語りの意味が見えてくる。説明モデルを聴くとは、その文脈に耳を澄ますことだと思います。

説明モデル(Explanatory Model)——患者・医療者・社会、それぞれの「病気の意味」


病いの語り——苦しみには「物語」がある

クラインマンのもう一つの重要な仕事が、「病いの語り(illness narrative)」という概念です。

患者さんが語る言葉には、症状の羅列ではなく、その人の人生が宿っています。「なぜ今、病気になったのか」「これからどう生きていくのか」——病いの経験は、その人の人生の物語のなかに組み込まれている。クラインマンは1988年の著書『病いの語り』の中で、多くの患者さんの語りを丁寧に記録し、そのことを示しました。

語りを聴くことは、診断の補助手段ではありません。その人が何を大切にし、何を恐れ、どう生きようとしているかを理解するための、根本的な行為です。

「病いの語り」をそのまま受け止める


クラインマンの思想を貫くもの

「疾患と病い」「説明モデル」「病いの語り」——これらの概念はそれぞれ独立しているように見えて、根っこでひとつのことを言っています。

医療者は病気を診るのではなく、病いを生きる人を見る。

それだけのことです。でも、その「だけのこと」を実践するのが、どれほど難しいか。クラインマンの言葉が今も読まれ続けているのは、この感覚が現場でまだ解消されていないからだと思います。


おわりに

新人のころに感じていたもやもやは、「医療の文脈」と「生活の文脈」のずれから来ていたのだと、今はわかります。でも当時は、そのずれに名前をつけることができませんでした。

クラインマンが教えてくれたのは、概念だけではなく「医療を外から見る視点」でした。内側にいるままでは見えなかった構造が、少し離れて見ることで輪郭を持つ。そのことが、臨床での「もやもや」を抱え続けるための、小さな支えになっています。


【参考文献】

  1. Kleinman, A.(1988). The Illness Narratives: Suffering, Healing, and the Human Condition. Basic Books.(江口重幸・五木田紳・上野豪志訳(1996).『病いの語り——慢性の病いをめぐる臨床人類学』. 誠信書房.)
  2. Kleinman, A.(1980). Patients and Healers in the Context of Culture. University of California Press.

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