「小説を読む同僚は、なぜ温かいのか」──文学と医療の、意外な接点

「小説を読む同僚は、なぜ温かいのか」──文学と医療の、意外な接点 内省・関わり

ふと、気づいたことがあります。

職場に、よく小説を読んでいる同僚が何人かいます。休憩室でいつも文庫本を広げていたり、「最近これが面白かった」と話してくれたり。そういう人たちを見ていると、なんとなく共通した印象があります。患者さんとの関わりが、どこか温かい。

もちろん、これは私の個人的な観察にすぎません。でも、「なぜだろう」という気持ちがどこかにありました。


文学を読むと、何が変わるのか

2013年、アメリカの研究者であるKiddとCastanoは、興味深い実験結果をScience誌に発表しました。

文学的フィクション(いわゆる純文学)を読んだグループは、ノンフィクションや大衆小説を読んだグループと比べて、「心の理論(Theory of Mind)」のテストで高いスコアを示したというものです。

「心の理論」とは、要するに「他者がどんな気持ちや考えを持っているかを理解する能力」のことです。患者さんが「大丈夫です」と言いながら、実はそうでないことを察する——あの感覚に近いものだと思います。

この研究はその後の追試で再現性に賛否があり、「読書すれば必ず共感力が上がる」と断言できるものではありません。でも、「文学を読むことが他者理解と無関係ではないかもしれない」と考えるには、十分な示唆を持っていると感じています。


ナラティブ・メディシンという考え方

同じ頃、医療の世界でも文学と臨床をつなごうとする動きがありました。

コロンビア大学の医師・文学者であるRita Charonは、2001年に「ナラティブ・メディシン(Narrative Medicine)」という概念を提唱しました。JAMAに掲載されたその論文で、彼女はこう述べています。効果的な医療の実践には「物語コンピテンス(narrative competence)」が必要である、と。

物語コンピテンスとは、難しい言葉ですが、要するに「患者さんの語りを認識し、吸収し、解釈し、動かされる能力」のことです。

Charonは、この能力を育てるために文学の「精読(close reading)」と「省察的な記述」を医療教育に取り入れることを提案しました。小説や詩を丁寧に読み込む経験が、患者さんの語りを聴く力につながる——そういう考え方です。


「温かさ」の正体

よく小説を読む同僚の温かさは、もしかしたらこういうことかもしれません。私の印象では、ジャンルを問わないと思ってます。

文学を読み続けることで、自分とはまったく異なる人生や感情の中に「入り込む」経験を繰り返してきた。その積み重ねが、患者さんの語りに耳を傾けるときの姿勢に滲み出ている——。

「あなたの苦しみはわかります」と言葉で伝えることよりも、黙って話を聴きながらそこにいられること。それが「温かさ」として伝わるのではないかと感じています。

もちろん、小説を読めば必ず良いセラピストになれるという話ではありません。一方で、文学を読むという行為が、臨床に何かを持ち込んでいる可能性は、あながち的外れではないと思っています。

あなたの職場にも、よく本を読んでいる同僚はいますか?


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【参考文献】

  1. Kidd, D.C., & Castano, E.(2013). Reading Literary Fiction Improves Theory of Mind. Science, 342(6156), 377–380.
  2. Charon, R.(2001). Narrative medicine: a model for empathy, reflection, profession, and trust. JAMA, 286(15), 1897–1902.

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