以前、M-GTAとナラティブの関係について概要をまとめた記事を書きました。
→ 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)とナラティブ
今回はその続編として、M-GTA固有の考え方と方法論を、もう少し丁寧に掘り下げてみたいと思います。
なぜM-GTAが生まれたのか
M-GTA(Modified Grounded Theory Approach:修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)は、社会学者の木下康仁氏が2003年に提唱した質的研究法です。
もとになったGTA(グラウンデッド・セオリー・アプローチ)は、1960年代にグレーザーとストラウスが開発した手法で、「データから理論を生み出す」という発想を持つ研究法でした。
しかしGTAには、ある根本的な課題がありました。
データをできる限り細かく切り刻んで分析する手続き——いわゆるGTAにおける「オープン・コーディング」——が、語りの文脈を壊してしまうという問題です。患者さんが語った言葉は、それ単体では意味を持ちません。どんな状況で、どんな感情とともに語られたか。その文脈ごとに、言葉の意味は変わります。細かく分解するほど、その文脈は失われていきます。
木下氏が問題にしたのは、まさにここでした。
文脈を切り刻まない——分析ワークシートという工夫
M-GTAが従来のGTAと根本的に異なるのは、データを細かく分節化しないという点だと思います。
代わりに用いるのが「分析ワークシート」です。これは、データの中で意味のある固まりを見つけたとき、その概念に名前をつけ、定義を書き、具体例をメモし、理論的メモ(なぜそう解釈したかの記録)を書き留めていく表です。
データを切り出すのではなく、意味の固まりをそのままの文脈で捉えながら、概念として言語化していく。この違いは、医療や福祉の現場を研究する際に特に重要になります。患者さんの語りや、家族の経験、医療者の葛藤——これらはどれも、文脈から切り離した瞬間に本来の意味を失いやすいものだからです。
研究者自身の「感覚」を使うということ
M-GTAにはもうひとつ、興味深い特徴があります。
研究者の主体性を、意図的に分析に組み込むという姿勢です。
「わかった」「納得できる」という感覚的な受け止めを、分析の手がかりとして積極的に使う。完全な客観性など存在しないという前提のもと、研究者自身が何に引っかかり、何を意味深いと感じたかを、理論的メモとして記録し続けます。
これは「主観的すぎる」という批判を受けることもあります。でも私はむしろ、この姿勢こそが大切だと感じています。
臨床でも同じではないでしょうか。患者さんの語りを聴くとき、私たちは完全に中立な受け手ではありません。自分の経験、価値観、その日の体調——すべてが、聴き方に影響しています。その主体性を消そうとするより、自覚して(認めた上で)記録し続けるほうが、誠実な研究に近づけるのではないかと思います。
研究と実践は、螺旋のように循環する
木下氏がM-GTAに込めた思想のひとつが、研究と実践の循環です。
M-GTAで生み出される理論は、現場への応用を最初から意識して構築されます。研究から得られた気づきを実践に活かし、実践の中で新たな問いが生まれ、それがまた研究に戻っていく。この螺旋的な関係こそが、M-GTAの目指す姿です。
リハビリテーションの現場でいえば、患者さんの語りから「リハビリへの意欲がどう育まれるか」を研究し、その理論を次のセラピストとの関わりに活かし、また問いが深まっていく——そういうプロセスです。
研究は学術論文の中で完結するものではなく、臨床の営みと地続きのものであるという考え方。これはナラティブを大切にする医療の姿勢とも、深く重なっていると感じています。
おわりに
M-GTAは、語りや何らかの現象を研究する方法として、臨床家に特に向いていると思います。
文脈を守る。研究者の主体性を排除しない。実践と循環する。これらはすべて、医療者や患者さんの語りを丁寧に扱うという姿勢と一致しています。
「質的研究は難しそう」と感じているセラピストの方にも、まずM-GTAの考え方に触れてみてほしいと思います。データの扱い方より先に、「語りをどう受け取るか」ということが、ここには込められているからです。
ぜひM-GTAを使った論文を読んでみてください。初めは、難解に感じるかもしれませんが、読み終わった後、量的研究とは異なり、新しい発見につながるような奥深さを体験することができると思います。
※ 本記事はM-GTAに関する私個人の理解をもとに執筆しています。木下康仁氏の著作や論文を参照しながら書いていますが、解釈に誤りが含まれている可能性があります。より正確な理解のためには、一次文献にあたることをおすすめします。
【参考文献】
- 木下康仁(2003).『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践——質的研究への誘い』.弘文堂.
- 木下康仁(2022).「M-GTAとナラティヴ」.『N:ナラティヴとケア 第13号』.遠見書房.



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