ナラティブ研究会

読書メモ

社会学者が 患者と家族のナラティブを聞きとる

社会学とは、世の中で当たり前と思われていることを「ほんま?」と問い直す学問。(同志社大学HPより)そんな学問を専門とする社会学者が、在宅緩和ケアの現場を聞き取りした報告がありました。相澤 出(あいざわ いずる)先生の論文で、『患者と家族のナ...
ナラティブ・語り

家族のナラティブを知ること

患者さん本人だけではなく、医療の現場では、家族の情報に触れることは非常に重要です。病状や検査結果とは別に、どのような仕事をしてきたのか、家庭の関係性はどうなのか、そうした話題は、一見すると病気の次の情報として扱われがちです。しかし、人類学者...
ナラティブ・語り

新人理学療法士たちと話した日──世代を超えた対話が見せてくれた、臨床の変化

職場外の病院の新人理学療法士たちと話す機会があリました。率直に、時代は変わるものだと、あらためて感じました。私が新人だった頃に多く出会っていた疾患とは様相が異なり、臨床推論のプロセスも変化している。血液データなどの生化学的指標を読み解きなが...
内省・関わり

医療のアウトカムの価値づけ

医療の臨床や研究では、アウトカム=転帰・結果が重要視されます。「良い」アウトカムを出すことが求められますが、「良い」とは、医療者、患者あるいは家族、誰にとってでしょうか?この「良い」アウトカムというのは、しばしば医療者と患者でズレが生じてい...
内省・関わり

あらゆる文脈で「病い」を考える──診察室だけが、医療の場ではない

今回は、普段の臨床でもぜひ考えてほしい文脈について解説します。※以前、医療とは関係のない内容ですが文脈について書きました。医療における「文脈(context)」とは、単に病気や治療法だけでなく、患者の個人的な背景(生活習慣、価値観、文化、家...
ナラティブ・語り

出会いによって形成される新たな思考

本稿は、ナラティブ研究会での検討資料となったエッセイです。記載内容は個人情報保護の観点から、背景・状況・属性等を一部改変しています。幼少期からあった“自分のものさし”私は幼少期からあまり手のかからない子どもだったらしい。両親が言うには、自分...
ナラティブ・語り

医療の正しさと、人生と

本稿では、「医学的に正しいとされる治療」と「その人の人生」とが乖離したとき、そのあいだに、どのようなズレが生じていたのかを考えます。臨床の現場では、「正しいはずなのに、納得してもらえない」そんな経験があると思います。ここで最も重要なことは、...
文化・医療人類学

医療人類学とナラティブ──病気をどう解釈し、どう対処するかを読み解く

当ブログのカテゴリーの一つにもなっている医療人類学についてまとめてみます。私たちは、病気や不調をどのように理解し、誰を頼り、どのように対処していくのでしょうか。その答えは、医学的な診断だけでなく、その人が生きてきた文化や社会、価値観と深く結...
ナラティブ・語り

エッセイとナラティブ

本ブログでは、セラピストのエッセイの記事を読むことができます。今回はエッセイとナラティブについて考えます。エッセイ(essay)とは、筆者自身の体験・感情・考えをもとに表現される作品のことです。「エッセー」と呼ばれることもあり、日常の出来事...
ナラティブ・語り

“あたり前”を失うこと——その人らしく生きること

本稿は、ナラティブ研究会での検討資料となったエッセイです。記載内容は個人情報保護の観点から、背景・状況・属性等を一部改変しています。理学療法士になるまでの話筆者が理学療法士を目指し専門学校へ入学して2年目の冬、母方の祖母が入院した。入院した...