理学療法士として働いていると、「リハビリテーション」という言葉を毎日のように口にします。でも、ふと思うことがあります。この言葉の本来の意味を、きちんと説明できるだろうか、と。
そんなときに手に取ったのが、上田敏先生の論文「総合リハビリテーションを考える」(日本リハビリテーション医学会誌、2022年)です。上田先生は日本のリハビリテーション医学の礎を築かれた方で、この論文では「総合リハビリテーション」の歴史と現状が丁寧に整理されています。
「人間らしく生きるにふさわしい状態に戻す」
まずリハビリテーションの語源です。
“Rehabilitation” はラテン語の「re(再び)」+「habilis(人間らしい・ふさわしい)」+「ation(状態にすること)」から成り立っています。つまり、もともとの意味は「人間らしく生きることがふさわしい状態に戻す」ということです。
興味深いのは、この言葉がもともと医学用語ではなかったということです。ジャンヌ・ダルク(処刑後の名誉回復)、ガリレオ(教会による異端認定の取り消し)、ニクソン(政治的名誉回復)など、「名誉の回復・復権」という意味で広く使われていました。医学の世界でこの言葉が使われ始めたのは1917年のアメリカ——第1次世界大戦参戦直後、陸軍軍医総監部に「身体再建およびリハビリテーション部門」が設けられたのが起源だとされています。
毎日何気なく使っている言葉が、わずか100年余りの歴史しか持たないんですね。
「全人間的復権」という定義
この語源を踏まえ、上田先生は1969年に「障害者のリハビリテーション」を次のように定義されています。
「障害のために人間らしく生きることが困難になった人の、人間らしく生きる権利の回復」——すなわち「全人間的復権」
「全人間的」という言葉には、生きることの困難がICF(国際生活機能分類。世界保健機関が2001年に採択した、人間の生活機能と障害を記述するための枠組み)の「参加」「活動」「心身機能」のすべてのレベルにわたるものであり、そのすべてにおいて「復権」を目指すという意味が込められています。
この定義を改めて読んだとき、機能訓練や動作練習に集中しているとき、私は果たして「全人間的復権」を意識できているだろうか、と思わずにはいられませんでした。
日本リハビリテーションの歩み——「人の一生」のような歴史
論文では日本のリハビリテーションの歴史も詳しく紹介されています。その展開が、まるで「人の一生」のように推移してきたことが印象的でした。
「小児の時代」(1920年頃〜)では、小児麻痺(ポリオ)の後遺症を抱える子どもたちへの療育が中心でした。続く「青年の時代」(1940年頃〜)では、日中戦争・太平洋戦争の戦傷兵への訓練が主軸となります。そして現在まで続く「高齢者の時代」(1960年頃〜)——脳卒中の増加を背景に、リハビリテーション医学が専門領域として確立されていきました。
特に1963年は「リハビリテーション医学元年」と呼ばれ、日本初の理学療法士・作業療法士養成学校の開校、東京大学附属病院への専門部門の設置、日本リハビリテーション医学会の創立が同年に重なっています。上田先生はこれを「1つの時代が終わって次の時代になる」のではなく、「以前の課題が解決しないうちに新しい課題が加わり、新たな人々がそれに挑戦する」という「連続の中での重点の移動」と表現されています。
語源に立ち返ること
論文の最後に上田先生はこう記されています。「真の『総合リハビリテーション』の実現まではまだ道半ばであるが、障害者の真の『全人間的復権』の実現をめざしてともに努力を続けたいものである」と。
「リハビリテーション」という言葉の語源が「人間らしく生きる権利の回復」を意味するということ。この原点を知るたびに、日々の臨床の意味が少し変わって見えてくる気がします。動作の改善を目標にしながらも、同時にその方の「人間らしく生きる」ことに、私はどれだけ向き合えているか——そこに、この職業の核心にあるのかもしれません。
→ リハビリテーション意欲のナラティブ
→ 患者の希望と現実のズレ——患者の語りを聞き目標設定するには
参考文献:上田 敏(2022).「総合リハビリテーションを考える」.『日本リハビリテーション医学会誌』, 59(11), 1131–1136.



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