「理論的サンプリング」という言葉は、M-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)の分析プロセスを理解する上で重要な概念のひとつです。ただ、木下康仁先生も指摘されているように、これまで理解の混乱を招いてきた面があり、十分に活用されてこなかった経緯があります。
この記事では、理論的サンプリングとは何か、そしてオリジナルのGTAとM-GTAでどのように再規定されているかを整理します。
理論的サンプリングとは何か
理論的サンプリングは、比較作業の進め方と深く関わる概念です。
「サンプリング」という言葉から、調査票研究でのランダムサンプリングや標本抽出を思い浮かべるかもしれません。しかし木下先生は、大切なのは「サンプリング」ではなく「理論的」のほうにあると明確に述べています。
M-GTAの分析プロセスでは、データを繰り返し比較しながら概念を生成し、概念どうしの関係性を読み解いていきます。この比較作業を進めていくと、「サブカテゴリーやカテゴリー間にこういう関係があるのではないか」という解釈上のアイデアが生まれてきます。
理論的サンプリングとは、そのアイデアが実際のデータによってサポートされるかどうかを確認するために、目的をもってデータをみていくという作業のことです。「どのデータを選ぶか」ではなく、「どのような視点でデータをみるか」に関わる概念であるといえます。
解釈上のアイデアがなければ理論的サンプリングは機能しません。方向性をもってデータに向き合うことではじめて稼働するものであり、その意味で理論的サンプリングは解釈の「燃料」だというのが木下先生の表現です。
つまり、集めたデータを大切だと思う視点を持って分析することが重要です。
オリジナルGTAでの混乱
理論的サンプリングはもともと、グレイザーとストラウスが提唱したオリジナルのGTAの概念です。
その起源は、1960年代初めにサンフランシスコ周辺の病院で行われたフィールドワーク研究にあります(Glaser & Strauss, 1965)。フィールドを自由に動き回りながら終末期患者と医療者の相互作用を観察するこの研究では、データの収集と分析が調査初日から最終日まで自然と同時並行で進みます。解釈上の疑問が浮かんだその場でフィールド内のデータで確認できる——この流れの中で、理論的サンプリングは有機的に機能していました。
ところが、この考え方をインタビューデータの分析にそのまま応用した際に問題が生じました。「収集と分析を交互に進める」という手順が形式的に受け取られ、なぜその必要があるのかが不明確なまま方法だけが引き継がれた結果、データの収集と分析の一体性と理論的サンプリングの考え方がズレてしまいました。これが混乱の構造だと木下先生は分析しています。
M-GTAでの再規定——「方法論的限定」という発想
M-GTAはこの混乱を解消するために、「方法論的限定」という概念を導入しています。
M-GTAではデータの収集と分析を明確に分離します。インタビューデータはまとめて収集した上で分析に入り、その分析プロセスの中で理論的サンプリングの考え方を活用するというかたちをとります。
分析を進めていく中で解釈上のアイデアが生まれ、それが手もとのデータによって十分に確認できないと判断したときには、追加のデータ収集を行うという立場です。
つまりM-GTAにおける理論的サンプリングは、分析の外側にある手続きではなく、分析プロセスそのものに内在する「確認の論理」として位置づけられています。
「理論的飽和化」との接続
理論的サンプリングと密接に関連する概念として、「理論的飽和化」があります。継続的比較分析の終了をいつ判断するか、という問題と関わります。
解釈上のアイデアをデータで確認していくプロセスを積み重ねていき、新たな概念やカテゴリーが生成されなくなったとき——その判断が理論的飽和化です。木下先生はこの判断を下すのは研究者自身でなければならないと強調されています。どこかに客観的な基準があるわけではなく、分析に向き合い続けた研究者の判断にかかっているということです。
まとめ
理論的サンプリングの本質は「解釈のアイデアをもってデータに向き合う」という論理にあります。フィールドワーク型の研究から生まれたこの概念が、インタビューデータへの応用において「方法論的限定」という発想のもとで再規定されていった経緯を理解することは、M-GTAを実践していく上で重要な基盤になると思います。
→ 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)
→ 質的研究の困難さ(詳細)
【参考文献】
- 木下康仁(2020).『定本 M-GTA——実践の理論化をめざす質的研究方法論』. 医学書院.



コメント