社会学者のA.ストラウスと看護師であるJ.コービンらは、慢性疾患について、時間の経過につれて悪化したり回復したりと多様に変化していく生理学的な病状の行路(「疾患コース」course of illness)だけでなく、患者と家族、および保健医療従事者がその行路を管理・方向づけるために、さまざまな仕事(「ワーク」work)を行っていると述べました。
「病みの軌跡」(illness trajectory)は、こうした疾患の行路と、それをめぐって営まれた仕事を含めた、時間的プロセス全体を指す概念です。
※参考文献のまま、illness を「疾患」と訳しております。『”疾患”と”病い”』の違いについては過去の投稿でまとめておりますので、あわせてご覧ください。
看護ケアにも広く応用されている大切な概念ですので、ぜひ最後までお読みください。
『軌跡』は直線的ではない
「病みの軌跡」という言葉を聞くと、段階的に進んでいくイメージを持つ方もいるかもしれません。たしかに、局面(phase)として以下のように整理されることがあります。
| 局面 | 定義 |
| 前軌跡期(pretrajectory) | 病みの行路が始まる前、予防的段階、兆候や症候が見られない状況 |
| 軌跡発現期(trajectory onset) | 兆候や症状が見られる。診断の期間が含まれる |
| クライシス期(crisis) | 生命が脅かされる状況 |
| 急性期(acute) | 病気や合併症の活動期。その管理のために入院が必要となる状況 |
| 安定期(stable) | 病みの行路と症状が養生法によってコントロールされている状況 |
| 不安定期(unstable) | 病みの行路や症状が養生法によってコントロールされていない状況 |
| 下降期(downward) | 身体的状況や心理的状況は進行性に悪化し、障害や症状の増大によって特徴づけられる状況 |
| 立ち直り期(comeback) | 障害や病気の制限の範囲内での受け止められる生活のあり様に徐々に戻る状況。身体面の回復、リハビリテーションによる機能障害の軽減、心理的側面での折り合い、毎日の生活活動を調整しながら生活史を再び築くことなどが含まれる。 |
| 臨死期(dying) | 数週間、数日、数時間で死に至る状況 |
しかし、「病みの軌跡」を定義したストラウスとコービンは、この局面はあくまで整理のための枠組みであり、病みは整然と進行するものではないことを強調していました。実際に、ストラウスとコービンの著書『慢性疾患を生きる——ケアとクオリティ・ライフの接点』を読むと、このような局面は明確には記載されておりません。
「仕事(work)」という視点が何を変えたのか
「病みの軌跡」理論の核心は、軌跡の仕事(trajectory work)という概念にあります。
病むことは、疾患の生理学的展開だけを意味するのではありません。疾患コース全般にわたって、生活や社会活動における変換が求められます。つまり、病みの軌跡は管理が必要なのです。その管理を行うことを「病みの軌跡の仕事」と定義しており、患者自身だけでなく、家族・友人・医療者・その他の支援者がともにその仕事を担います。
病みの軌跡は生理学的にも改善・悪化の予測不能な経過をたどります。生活や社会活動においては、さらに多種多様な変化が起こります。そうした不明確な軌跡を「方向づける(shaping)」ことも、この仕事の重要な役割に含まれています。
病みの軌跡は「個人の中」だけでは完結しない
軌跡の管理のために、医療者は仕事の役割を担う必要があり、各局面それぞれでの支援や介助が求められます。軌跡の管理は、病状の変化・治療技術の発達・社会政策の変化・患者の生活史上のニーズや関心の移り変わりなどによって発展します。患者と家族は医療者からサポートを得ながら軌跡を管理していきます。
仕事の役割を担うことは、その後の「方向づけ(病気との接し方や生活の再編成)」につながっています。あたり前のことに聞こえるかもしれませんが、実はとても複雑なプロセスです。
臨床でこの概念は何を問いかけるのか
目の前の患者さんの軌跡を、平均的・標準的な軌跡として見てしまっていることはないでしょうか。
ストラウスは、医療者(特に医師)は、病みの軌跡の計画表(trajectory scheme)を作成すると述べています。看護師やセラピストも、無意識のうちに計画表を描きながらケアやリハビリに当たっていると思われます。しかし、右ならえの平均的な計画表になってしまうと、患者さんとのズレが生じてきます。これが、医療者と患者・家族との間に生まれる「もやもや」につながっている可能性があります。
『病みの軌跡』を”方向づけ”することに正解はない
重要になるのは、病みの軌跡に対する暫定的な折り合いを探し続けることです。局面を念頭に置きながら、医療者間・患者・家族・社会などに働きかけていく必要があります。それぞれが仕事の役割を担い、方向づけをしている以上、ズレを最小限に抑えることが求められます。答えはありません。問題に向き合い、問い続けることが重要です。
私自身の軌跡のズレ
私自身も臨床において、患者さんや家族との方向づけがうまくいかなかったことが何度もあります。自宅退院を強く希望している患者さんに対して、難しいのではないかとお伝えしました。しかし、家族や周囲の方に話を聞いてみると、援助としては十分に整っており、自宅退院が可能な状況でした。
一般的な流れとして、継続的なリハビリを行って身体機能を十分に改善させてから自宅に帰る——そうした「立ち直り期」という局面を想定した計画を立てていました。計画自体は間違ってはいなかったと思います。しかし、病みの軌跡を「方向づける仕事」を担う立場として、あまりにも自分の描いた計画表を優先してしまった伝え方だったと、今でも反省しています。
まとめ
「病みの軌跡」とは、疾患の経過そのものを示す概念ではありません。時間の中で変化していく病状と、それに向き合いながら患者・家族・医療者が担ってきた仕事、そのすべてを含んだプロセスを捉える視点です。
軌跡は、局面として整理されることはあっても、決して直線的には進みません。改善と悪化を繰り返し、ときに立ち止まり、引き返しながら、その人固有の形を描いていきます。
その中で私たち医療者は、無意識のうちに「計画表」を描き、軌跡を方向づけようとしています。しかし、その計画が平均的であればあるほど、目の前の患者さんの生活や価値観とのズレが生じてしまうことがあります。
病みの軌跡を方向づけることに、正解はありません。あるのは、その都度立ち止まり、話し合い、暫定的な折り合いを探し続ける営みだけです。
「病みの軌跡」という概念は、私たちに答えを与えるものではなく、問い続ける姿勢そのものを求めているのだと思います。
【参考文献】
Strauss A. L., Corbin J. M. et al.:Chronic Illness and The Quality of Life(南裕子監訳:慢性疾患を生きる——ケアとクオリティ・ライフの接点、pp.83–96、医学書院、2013)


