ナラティブ研究会

文化・医療人類学

アーサー・クラインマンが伝えてくること——患者の経験を中心に置くということ

「家に帰れない。自分の役割を果たせない」新人のころ、患者さんからそんな言葉を聞いたとき、どう応えればいいのかわかりませんでした。膝の痛みは改善している。歩行距離も伸びている。でも患者さんの苦しみは、そこにはありませんでした。「治療はうまくい...
内省・関わり

専門性の意味を、更新していく

役割の境界が動き、求められることが増えていく時代に、プロフェッショナリズムとは何かを考えました。専門家の核心は「守ること」ではなく「自分たちの判断で実践できること」にある。その軸をどこに置くか——理学療法士としての実践から書きました。
内省・関わり

「本当に家に帰って大丈夫?」──退院場面で医療者が抱える不安について

退院を前に不安を感じているのは、患者さんだけではないかもしれない。「本当に大丈夫だろうか」——急性期のセラピストが感じるこのもやもやを、文化人類学の「リミナリティ」という概念で読み解きます。
内省・関わり

研究と臨床は、遠くない——「知る」と「検証する」という共通の問い

研究をしていると、ときどき考えることはありませんか。「これは、臨床から離れた作業になっていないか」と。データを集め、分析し、論文を読み込む時間が続くと、患者さんのいる場所とどんどん遠ざかっているような感覚に陥ることがあります。私自身、研究と...
ナラティブ・語り

知識・技術と対話を携えたセラピストになりたい

先日、恩師のご縁でつながっている先生方と、ゆっくり話す時間がありました。臨床を経験して現在は教育者として働かれている方々でしたが、「どんなセラピストをめざしているか」というテーマが、対話のどこかに流れていました。その場では言葉にしきれなかっ...
ナラティブ・語り

患者さんが指示を守れないとき——二つの文脈のすれ違い

「痛みがないってことは、ついても問題ないということではないの?」松葉杖での歩行中、患肢への部分荷重を避けるよう指導していた患者さんが、こう言いました。ごく自然な口調で、でも私にはうまく答えられなかった質問でした。コルセットを強く嫌がる患者さ...
内省・関わり

なぜ医療者にプロフェッショナリズムが必要なのか——「信頼するしかない」という関係の重さ

「先生のことを信じるしかないですから」ある患者さんの言葉です。笑顔で、でもどこか諦めのような印象を受けました。その言葉を聞いたとき、私は違和感を感じました。「信じてもらえている」という安心感ではなく、「信じるしかない」という言葉に思ったので...
内省・関わり

「よくなっていますよ」が届かないとき——病いが人生の物語を断ち切るということ

「よくなっていますよ」と伝えたとき、患者さんの表情がほんの少し曇ることがある。数値は改善しているのに、なぜその言葉は届かないのか。医療社会学者Michael Buryの「伝記的断絶(biographical disruption)」という概念を手がかりに、患者さんが感じている「すれ違い」の正体を考えます。
読書メモ

「半年だからやれる」——ある患者の語りから見えてきた、リハビリへの意欲

リハ意欲は単なる「やる気」ではなく、その人の生活史に根ざしている——そう論じた前回の記事に続き、今回は腕神経叢引き抜き損傷を持つ40代男性患者の語りを解釈学的現象学的分析で読み解いた研究を紹介します。9つのテーマから浮かび上がる意欲の多層的な構造は、臨床における「聴くこと」の重要性を改めて問い直します。
内省・関わり

「この患者さん、なんか苦手かも」と感じたとき、立ち止まれているか

「この患者さん、なんか苦手だな」——そう感じた瞬間、あなたは何を根拠にそう思っていましたか?忙しさ、過去の経験、暗黙の基準……。臨床の判断には、自分でも気づかない先入観が混じっています。いったん立ち止まり、その「なんとなく」の正体を問うことが、患者さんへの見方を少し変えてくれます。