文化・医療人類学

病いと疾患、その先へ

以前、病いと疾患について記載しました。今回はそれに紐づけて話を広げてみたいと思います。まず、病気を患者から見たものが「病い」であり、医療者から見たものが「疾患」であると説明しました。(余談ですが、医療人類学では「病」ではなく「病い」というよ...
内省・関わり

印象に残った事例の分析(Significant Event Analysis:SEA)

臨床で事例や症例を通じて、医学的な検討という形で考える場はあるかもしれません。一方、医療者はそのとき、どう思ったか、どう感じたかどうしたらよかったと思うかのように、感情を含めて振り返ってみる機会はほとんどありません。このような振り返りを、系...
ナラティブ・語り

医療者と患者:二足の草鞋を履く私

私は島根県に住む理学療法士の田中と申します。この度、機会を頂戴し初めて投稿いたしました。簡単に自己紹介をします。前述した通り、私は普段、僻地の医療機関に勤める理学療法士です。その一方で、脳腫瘍を患う患者でもあります。意識消失を伴うてんかん発...
内省・関わり

医療者が生活について聞くと「医療寄りの話」になる

臨床の中で、ありのままの生活状況を聞いたときに、「家では壁をつたって歩いています」「階段は上がらないようにしています」「息子が色々と手伝ってくれます」このように、まるで私たち医療者に取って必要な情報だけを話してくださっていると感じたことはあ...
ナラティブ・語り

理学療法士として、“もやもや”を抱えて臨床に立つ——リハビリ拒否と、患者の言葉の前で

私は、理学療法士免許を取得し、急性期病院に勤めて十年を越えています。入職当初は、担当患者さんに初めて訪室するときなど、緊張して何と声を掛けたらよいのか分からず、悩んでいた記憶があります。入院後一日目からリハビリが始まることも多く、生活者から...
内省・関わり

判断し続ける臨床で、エポケーという態度

臨床では、素早い判断が求められる場面が多い。でも、短時間では解決できない問題も確かにある。そんなとき役立つのが、現象学の概念「エポケー(判断停止)」という態度。判断をやめるのではなく、自分がなぜそう判断したのかを後から振り返るための方法を、臨床の具体的な場面を通して考えます。
文化・医療人類学

医療の現場は実は異文化コミュニケーションである -医療者と患者の”あたりまえ”がすれ違うとき

本日は医療者と患者の異文化コミュニケーションについて考えていきたいと思います。ちゃんと説明したはずなのに、患者さんが納得してくれない。医学的には正しい判断なのに、なぜか関係がぎくしゃくする。臨床で働いていると、こうした「すれ違い」に何度も出...
内省・関わり

がんと診断された日に、妊孕性温存の話をするということ

こんにちは。先日、がん患者さんの妊孕性温存をテーマにした研修会に参加しました。AYA世代のがん患者さんの妊孕性温存について、多職種からの講演が行われた研修会でした。正直に言えば、妊孕性温存というテーマは、がん治療そのものに直接関わらない職種...
ナラティブ・語り

このブログは、臨床の「もやもや」を持ち寄る場所です

こんにちは。今日で、当ブログも20記事目となりました。これまで、ナラティブについて、人文学系の文献を参考にしながら理解を深められればなと投稿してきました。一方、難しい言葉や概念が多く、とっつきずらそうな印象を与えてきたことも自覚しております...
内省・関わり

『病みの軌跡』とは?──慢性疾患の経験を「旅」として捉え直すコービン&ストラウスの理論

社会学者のA.ストラウスと看護師であるJ.コービンらは、慢性疾患について、時間の経過につれて悪化したり回復したりと多様に変化していく生理学的な病状の行路(「疾患コース」course of illness)だけでなく、患者と家族、および保健医...